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県リーグ混沌

9/29(日)県立体育センターG(芝)
県1部リーグ第10節
天気:快晴   キックオフ:12:00
試合時間:45分×2
横浜GSFCコブラ 3(1−0)1 港北FC

先発
 GK1若田和樹 DF1小林修太 6脇坂宗孝  4笠原嵩太 DF24押久保佑太 MF3大平潤 28浦崎勇太 22山崎俊輔 29林匠弥 FW36矢澤遼也 31浅田尚人
 
 得点 前半42分 矢澤 後半35分安田→パパ 38分港北 44分パパ→細田
 交代 HT矢澤→23パパ・バカリ、浅田→13安田暁、19分浦崎→20澤田慶、38分大平→18細田啓介、45分小林→32勝将太郎

そして、その他の試合結果はどうかというと。

  さがみ大沢FC 1-4 かながわク
  V港北 2-0 六浦FC
  ブレッサ相模原 5-2 平塚SC
  フットワークク 0-1 初声FC

まさかの六浦が敗れた。順位は変わらないが,現在5位のうちですら,他力本願ながら2位以内の目がないわけではない。
最後までがんばろう!
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by gsfc_aoshima | 2013-09-30 07:15 | 横浜GSFC | Trackback | Comments(0)

保土ケ谷U-9リーグ

昨日は、上星川小学校で保土ケ谷U-9リーグ行われた。
これは保土ケ谷区の3年生以下の大会で、全チームでの総当たりリーグである。
今年から試験的に始まり,言い出しっぺのオラがこの大会の幹事を務めている。

5月から来年の3月までに全試合を消化することで始められたが、参加チーム数11チームで全55試合。
9月で年度半ばだが,各チームのご協力もあり、試合も29試合順調に消化出来た。

とりあえず、うちのチームは昨日までで5勝2分け、暫定1位となっている。
過去には奇数学年は大きな大会もないし、モチベーションの維持に問題があったが,このような大会を開催,参加することでこどもたちにはいい刺激になっているようだ。

横浜市内には150以上のチームがあるが、この学年のサポーターの応援は他を圧倒し、素晴らしい。
横浜1、2だ。
こどもたちも幸せだと思う。
ひたすら「GS、GS、GS!!」
これがいい!

先年、なくなった森孝慈もと日本代表監督のお言葉。
「GSッてガソリンスタンドかグループサウンドか?はたまたバッテリー屋か?」
権太坂のG、境木のS。住民しかわからないローカルなのもいい。
ともに楽しむ事が大事だ。
昨日の試合では声をだすサポーターは5,6人で少なかったが、0−3の試合を3ー3まで追いつけたのは,サポーターの皆さんの後押しもあったと思わせる試合だった。
試合の詳細はこちら
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by gsfc_aoshima | 2013-09-29 07:40 | ジュニア | Trackback | Comments(0)

加藤課長その②

今朝も加藤課長編なんだが、昨日「加藤課長」というお題をだしたら,1時間もしないうちに,faCebook上で、オラァの弟が反応してシェアした。

その中身はおおよそあっているのでfacebookをご覧にならない方もいると思うのでご紹介します。
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この話には驚くべき続編があります。

以下、兄から聞いた加藤課長と兄の会話。

「課長、そういえば課長は西武新宿線の中井にお住まいなんですよねぇ」
「おお、そうだよ」
「中井と言えば、今早稲田に通ってるオラの弟も中井ですよ」
「ほう、中井と言っても広いけどどのへんだね」
「なんでも目白学園の近くだそうです」
「ほう、僕も目白学園の近くだよ。奇遇だねえ。目白学園に向かって坂が何本もあって、僕のところは六の坂というとこなんだけど」
「え、オラの弟も六の坂ですよ」
「ほう、じゃあ弟さんの住所は?」
「えーと、ああ、ありました。新宿区中井0丁目0番地0号、加藤様方とあります」
「じぇじぇじぇっ、それうちだよ(*○*)!!」
「え、じゃあ弟の住所の加藤さんというのは、加藤課長!!」

ここで兄から電話がかかってきた。
「おい、お前が今住んでる下宿は、新宿区中井0−0−0、加藤様方とあるけど、それで間違いないか?」
「ん、そうだよ」
「その加藤さんだけど、加藤正明さんというんじゃないのか?」
「そうそう、加藤正明さんが大家さんの名前だよ」
「その加藤正明さんなあ、今、俺の目の前にいるよ」
「???」
「うちの課長だよ~~!!」
「じぇじぇじぇ」

ということで広い世の中どこでどう繋がっているのか不思議なこともあるものでした。
これは、作り話ではなく実話です。

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以上。
このお話は,お昼の休憩タイムに加藤課長と喫茶店でお茶飲んでいる時のお話。
抜けているのが、「うちの弟の下宿している大家が小うるさい親父で」で始まった話だと思うが。
加藤課長は途中で、だまりこくっちゃったし!

まさか目の前にいる課長が自宅の2階を間貸しているとは,思いもしないし、1.2度泊まったこともあるような気がする。
たしか別玄関だったと思う。

まあ,とにかく漫才みたいなお話でした。世の中は実に狭いし、ご縁を感じる。
世の中全て,縁で結ばれているということだな。

それから、弟は,そんな大家でも,卒業して退去した時には次の借り手を見つけてきたということだ。

加藤課長に今朝も合掌!
by gsfc_aoshima | 2013-09-28 07:34 | 人物 | Trackback | Comments(0)

加藤課長

会社っていろんな人がいる。
漫画の世界、「釣りバカ日誌」みたいな話も現実にある。
大きな会社ほど逸話が多いのは人間がたくさんいるので100人100様だ。
もっとスゴい話だって山ほどだが,覗き趣味になるし、時効のような話でもネット上には出せない。

これはかわいらしくていいだろうというのをご紹介したい。
西武グループの国土計画という会社に入社して、3年経った時に西武不動産という会社に移籍になった。
37歳でやめるまで分譲地の販売や,建て売り、マンション、注文住宅の類いの部署で働いた。
30歳頃だろうと思う。
いまから35年近く前のお話。

当時,会社の保養施設が伊豆の今井浜にあり、プライベートで男ばっかし10人くらいで行くことになった。
会社の施設を使うので、稟議書を出さないと行けない。
もちろん、所長の決裁があればいいので、所長には、事前に了解を得ていた。
課長の印をいただき,所長のところにその稟議書を持って行った。
「直助クン、泊まるのは了解したけれど,車で行くんじゃあないだろうね?」
「車ですけど!」
「おいおい、事故があったらどうするんだね!電車で行くならはんこ押すけど車なら押さないぞ!!」
突っ返された。
今更である。いい大人が電車かよ。お金だって余分にかかる。
所長の席の前で立ち往生!
「課長も課長だよ!よく話を聞いてはんこを押さんとね!」
そしたら横に座っている定年間近の課長が「直助!ちょっとその紙!」
加藤課長という。
課長に戻した。
そしたら課長が机からはさみを出した。
何をするのかと思った。

課長は稟議書に押してある自分のはんこの欄をちょきちょきと切ってオラに戻してくれた。
稟議書に小さな四角の穴があいていた。

オラ達のささやかな1泊2日の旅行が中止になった。

課長は正直でいい人だった。忘れられない人である。
生きていたらもう90を越えているだろうな。
とりあえず未確認だが合掌!
by gsfc_aoshima | 2013-09-27 07:11 | 人物 | Trackback | Comments(0)

謝罪の王様

阿部サダヲ主演の映画「謝罪の王様」が28日に封切られる。
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同作は、『舞妓 Haaaan!!!』『なくもんか』の水田監督、脚本の宮藤官九郎、主演の阿部が三度顔を合わせた痛快ブラック・コメディ。阿部演じる架空の職業“謝罪師”を生業にする主人公が、日本を救うまでが描かれる。
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二つとも見た。3つ目はもうはずせないのである。

かつて,オラは注文住宅の営業をしていた。注文住宅ってクレームがつきものなんである。
建て売りと違い、イメージがわかないので建ててみないと分からない部分も多いし、寸分のミスも許されない。
後追いのメンテナンスはどうしても時間がかかるし、遅れがちになる。
当時は、金融公庫の融資を受けて建てる人がほとんどで、登記をしないと最終残金をもらえない。
代理受領という技を使ってお金をいただくのだが、多少の未収金がどうしても出る。
クレームをほったらかしにすると、これを押さえられてしまうのだ。
1件あたり10万円の未収金でもばかにできない。

そんなとき登場するのが、未収金回収の顧客係というポスト。
オラも,30代前半でこのだれもがやりたがらない顧客係を1年間やった。
ていうか、どうしようもないポストだった。
会社中に知れ渡る専務のお怒りも買ったしよ!

この係は、先ず謝ることから始まる。
ひたすらお客さまの言い分を聞く。
そして謝る。また謝る。45度まで腰を折る。
相手が言い疲れるまで言い分を聞くのだ。
こちらが倒れそうになるほどの言葉の力を感じるが、じっと我慢。

そこから交渉に入るわけで、土下座もしちゃったこともある。
お宅訪問の時は、必ず数珠も持参する。
仏壇があったら必ず、言われなくてもお詣りする。
そして玄関にサッカーボールがあれば「僕ちゃんサッカーですか!」ここから切り出す。

部屋にあげてもらった時に賞状が飾ってあれば、かならず読んで「すばらしいですね」から切り出す。

「イエス」を言わせる事が大事なんである。
キツくて泣きそうな1年だったが、いい勉強をさせてもらったと思っている。
とにかく住宅のクレームは、皆さん大金をはたいているだけに半端ないのである。

阿部サダヲ扮する主人公がどんな謝罪の仕方をするのか、楽しみだ。

ps 思い出したことがある。クレームのお宅に電話連絡をするとき、たとえ奥さんとわかっていても、お嬢さん、お父さんかお母さんいらっしゃいますか?
by gsfc_aoshima | 2013-09-26 07:28 | その他 | Trackback | Comments(0)

最近、本ブログもマンネリ

どうも最近,冴えた話が出て来なくなったと思っている。

相当,マンネリ化しているのかもしれない。

考えた末に,出てきた新しいカテゴリーは,「選手・スタッフ紹介」「奇人・変人」「人物紹介」といった「人」のことである。
独身男性紹介なんていうのも考えてみたい。未だ結婚のけの字も出て来ない若者いるし!
お見合いコーナーだな。

ほかには古い雑誌,とりわけサッカーマガジン・サッカーダイジェスト・イレブン・JFAというようなものの、とりあえず表紙紹介なんて楽だな。

やっぱし、必殺技はお料理紹介なんだろうか。手作り料理やお店紹介みたいな。
これはけっこう大変。たいしたもの食ってないので。

近くの無名の神社紹介なんていうのやら、和菓子屋紹介なんていうのはどうだろう。

要は「ご紹介コーナー」というカテゴリーを一個作ればすんじゃうということかもしれない。

乞うご期待ということで,今日は締めさせていただきます。
by gsfc_aoshima | 2013-09-25 07:20 | 恥ずかしながら直助 | Trackback | Comments(0)

予備校時代

昭和43年3月に田舎の高校を卒業したが,大学受験にもちろん失敗して浪人生活に入った。
先週の通り,東京は野方でのアパート生活、7月からは大塚の2食つきの下宿屋。
でもここの生活も1ヶ月しか持たなかった。
飯の心配はなかったが、風は通らないので死ぬほど暑い。
電気器具使えないのでコタツは使えないだろうし、布団かぶっての勉強になるし、冬は過ごせないと思い,ここも1ヶ月で退去した。何せ荷物がないので引っ越しは楽なんである。
まあ,1ヶ月居候したようなもんである。敷金、礼金といった類いもなかったし。もちろん紹介なんで不動産屋さんを通したわけでもない。

次は阿佐ヶ谷南の4畳半に移った。ここは大相撲の花籠部屋のすぐ近くのアパートで、まあ狭いながらもまあまあだった。若三杉がいた。暇があれば稽古を観に行った。

でもここも8月から11月までしかいなかった。
田舎に帰ったのだ。
布団引きっぱなしのごみため部屋になっていた。
キノコが生えそうな部屋になっていた。
予備校の勉強も今さらという気もしたし、成績も良かったので、大学ぐらい簡単に受かりそうな気がしていた。

すべてがちゃらんぽらんな浪人時代だった。
予備校は大隈講堂となりの早稲田ゼミナールというところだった。
ここを選んだ理由は他の予備校は選抜試験があったし、無試験。
これ以上予備校でも落ちたくなかった。
早稲田のすぐそばというのも良かった。

毎日、学生服で通った。
高校時代の学生服しかなかったので、これを着用。
詰め襟には「予備校のWの徽章」をつけて早稲田の学生っぽくしていた。
ほんとアホだよな!
靴は一張羅の革靴か下駄。

予備校は昼までだったので,昼食は大隈講堂横の学生食堂でランチを食べていた。
もちろん夜は野方食堂。
早稲田の学生っぽくだ!まあ偽学生だな!
当時,バンカラ学生やら,苦学生というのがいたと思う。

食堂で出会った大学生にはびっくらこいた!
大学4年生ぐらいだろうか。
あたまボサボサ、よれよれの学生服、下駄、牛乳瓶の底のような分厚い丸めがね。
腰には手ぬぐい。
松本零士の漫画の世界のような大学生がいた。
右手にライス、左手にもライスを盛った皿を持ってオラの前に座った。

ライス2皿、おかずは?
おかずをとりに行く様子もなく、合掌。
合掌が終わると,右のライスには醤油をかけた。
そう!左のライスにはまさか〜〜!!
ソースをなみなみかけた。
ぐいぐい食べていた。
ライス一皿30円だったと記憶している。

オラはただただ見るだけだった。
早稲田の学生恐るべきだと思った。
オラなんか修行が足らないと思った。
おもわず合掌しそうだったと記憶している。
本物の早稲田の徽章が欲しいと心底思った。
親に引っ越しばかりして申しわけないと思った。
荷物を直ぐたたんで、後先考えず田舎に帰った。

やっぱしオラは軟弱だった。
田舎に帰ってその後サッカーばかり半年していたのである。

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高校を卒業してのゴールデンウイークに高校時代のサッカー部の先輩と同級生と新宿駅西口で集合した時の写真。
オラは学生服。下駄二人は同級生で、瀬下と大杉。大杉はこのブログでヒィリピンパブ大好きなエロ司法書士として度々登場している。

左から,オラ、山崎(法政大1年)、大杉(立教大1年サッカー部)、瀬下(予備校生)、藤原2年先輩(サングラスでこわもてだが妙にやさしい)、木瀬1年先輩(歯科医の卵、見た目おっさんだがまだ19歳)、宮崎1年先輩(防衛大生)、三輪2年先輩(社会人)
by gsfc_aoshima | 2013-09-24 09:04 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

昨日の結果

【神奈川県社会人サッカーリーグ1部】
  横浜GSFCコブラ (0−1) 六浦FC
  ブレッサ相模原 (1−2) 初声FC
  かながわク (1−1) V港北
  FCコラソン・プリンシパル (5−1) 平塚SC
 この結果、コブラの自力でのリーグ戦2位以内はなくなったが、がんばるのみである。

試合予定9/22】第92回全国高校サッカー選手権・神奈川県2次予選
《2回戦②》
▽旭
9:30 橘(4−0)厚木北
11:30 日大(1−0)逗子開成

▽茅ヶ崎北陵
9:30 鎌倉(0−0PK3-1)平塚江南
11:30 藤沢清流(1−2)座間

▽湘南工大付
9:30 光陵(0−4)湘南工大付
11:30 逗葉(2−0)川和

▽湘南学院
9:30 法政二(3−2)湘南学院
11:30 百合丘(2−1)東
13:30 相洋-平塚学園

▽日大・生物資源
9:30 武相(1−1PK5-3)日大藤沢
11:30 三浦学苑(1−0)慶應義塾
by gsfc_aoshima | 2013-09-23 06:11 | 日本のサッカー | Trackback | Comments(0)

本日のサッカー三昧

【神奈川県社会人サッカーリーグ1部】
  横浜GSFCコブラ (12:30東芝新杉田) 六浦FC
  ブレッサ相模原 (16:05潮風) 初声FC
  かながわク (19:05しんよこFP) V港北
  FCコラソン・プリンシパル (19:05馬入人工) 平塚SC

昨日の練習はけっこう気合いも入っていた。チームも一丸の様相だし期待したい。
走って走っては知りまくれ。走れない選手は要らない。
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今日の結果次第では、関東大会大会出場可能な2位以内が難しくなるチームも出てくる。
そうならないように、なにがなんでも六浦FCさんには勝とう。
東芝新杉田工場内グランドは登録した人以外入場出来ないという制約やら写真撮影も不可らしい。
グランドをお借りするわけなんで,無理も言えない。
写真がとれないのでtwitterfacebookで状況報告するつもりです。
とにかく勝って生き残るだけだ。

高校サッカーもいよいよ2次予選も佳境になってきて、きょうは2回戦。
【試合予定9/22】第92回全国高校サッカー選手権・神奈川県2次予選
《2回戦②》
▽旭
9:30 橘-厚木北
11:30 日大-逗子開成

▽茅ヶ崎北陵
9:30 鎌倉-平塚江南
11:30 藤沢清流-座間

▽湘南工大付
9:30 光陵-湘南工大付
11:30 逗葉-川和

▽湘南学院
9:30 法政二-湘南学院
11:30 百合丘-東
13:30 相洋-平塚学園

▽日大・生物資源
9:30 武相-日大藤沢
11:30 三浦学苑-慶應義塾

Jr.ユースのOBのみんな!がんばってくれ〜!
それからJr.ユースは今日から横浜市長旗杯区予選も始まる。
今日は1回戦 旭中学G
13:10 横浜GSFCー西谷中
いよいよ3年生も残り少なくなってきた。結果を残してほしい。
by gsfc_aoshima | 2013-09-22 07:24 | 日本のサッカー | Trackback | Comments(0)

野方から大塚へ

結局、浪人生活の野方には3ヶ月しか居住していなかった。
あまりに環状7号の車の音がうるさくて,ノイローゼになりそうだったし、親父が1度泊まりにきて、一睡もできなかったこともあり,出た方がいいといわれる。
家賃は4畳半(ガスコンロ、水道蛇口付きの小さな洗面)風呂なし、共同便所で7000円だったと記憶している。
トイレは2階から1階までストんと落ちる汲取だった。

6月いっぱいで高校時代の親友、青山賢三くんが住んでいた大塚の下宿屋が空いているというので引っ越した。どうやって引っ越したのかよく覚えていない。布団と机しかなかったし。

こちらは大塚と池袋の真ん中当たりでどちらからも歩いて行けた。
3帖2食付きご飯食い放題、共同便所(水洗)、風呂なしで9000円だった。
賢三の部屋は11000円。
オラの部屋はなんでこんなに破格的に安いかというと、太陽がまったく射さないモグラ部屋だったから。
窓は一応ついているがその先は暗い廊下。
となり部屋とのしきりはベニヤ1枚。部屋の高さは1820㎝。
部屋の天井はない!
建物全体の天井はあるが、後から空きスペースにベニヤで部屋を間仕切っただけなので、空中に電球が垂れ下がっている。
お隣さんのいびきも聞こえちゃう。
コンセントは1個だけだが蛍光スタンドしか使えない。容量がないのでヒューズが飛んじゃうのだ。
電気を使わせないように各部屋毎にヒューズがついていたのである。

もちろん風はまったく入って来ない。
夏でも無風。

飯の心配がないというだけの部屋だった。
家賃さえ払えば、あと、金がなくてもなんとかやっていけるというところだった。
あと、トイレが水洗だったのは二重丸。
4、50人が下宿していたと思うし、サラリーマンもいたような気がする。
笑い話に出てきそうな下宿屋だった。
2帖の部屋って想像つきますか?
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記憶を頼りに書いてみた。真ん中の5部屋のうちの一つだったと思う。5部屋かどうかも定かでないがよ。

田舎もんには全てが驚きだったと記憶している。
東京で喫茶店のマッチ箱を集めては喜んでいた。
磐田には喫茶店が1軒しかなかったので高校時代1度だけしか入ったことがない。
補導されるし!
ぼられるのではないかと,ビクビクドキドキだった。
喫茶店だに!

田舎もんには喫茶店でさえ、あこがれだった。
by gsfc_aoshima | 2013-09-21 08:31 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)