毎日、遅くとも5時には起きる。
4時半が一番多い。
もちろん、起きてすぐでもテンションは高い!

反省するのは、昨夜は何時に寝たんだっけ?
ズボンだけはジャージに着替えたが、朝から着たままのセーターは脱いでいない。
靴下は脱いでいた。
たぶん8時半頃には寝てしまったんだろ!おこたの中でよ!
途中24時頃にトイレに行くも、けっこう寝過ぎの感がある。

ここんとこ、精力的にホームページの更新をしている。
昨日の朝も通常通りに起きて、まずブログの前にホームページだぁ!と整理、ロードアップしていたら仕事に出かける時間になってしまう。
更新もまめにしないとどんどん情報がたまる一方なんでそりゃあまあ大忙しでうれしいというか充実と云うか、じじいにはもったいない話でもある。

今朝は昨日からずっと降ってる雨が未だやまず、とっても残念なことがある。
今日はJFAキッズフェスティバル2008が保土ヶ谷公園サッカー場で開催される予定だったが、この雨では絶対中止だな。
6時半には中止の連絡が来るだろう!
幼稚園児の皆さん、楽しみにしていたのに全く残念である。
延期はないので、次の大会は2月14日の日産スタジアムでの冬大会。
こちらはなにがなんでも晴れてほしいよな!!

それから、2月4日の日本代表VSフィンランドの試合のチケットを申し込んだ人、大丈夫ですのでご安心ください!
明日お渡しいたします。
by gsfc_aoshima | 2009-01-31 05:49 | キッズ | Trackback | Comments(0)

記録としてとっておく

今日の深夜のアジアカップ、バーレーン戦は0−1で敗れたようだ。
試合を観ていないので論評は出来ないが、一言でいうと「マジっすか?」
そんな程度の相手ではなかったか。

昨夜は新横浜でお仲間4人で飲む。
日本代表の話になる。
そろって異口同音に出た言葉は、「最終リーグの、このグループで2位外すようなことはどう考えてもあり得ない。岡ちゃんついてるよな!」
まちがいないところである。

しっかりしてほしいよね!
アジアカップは成績が年々悪くなっている。
あのジーコの時ですら神懸かり的に勝ち上がっている。
無策なジーコでさえも!

こうなると感覚的で采配をとるジーコのほうがいいという結果になっちまうダニ!
それでは「学習」したことにならないのだ。

岡ちゃん、宜しくお願いいたします!
by gsfc_aoshima | 2009-01-29 05:49 | 日本代表 | Trackback | Comments(0)

41歳の少年その2

昨日のカズさんの言葉の中で、とりわけびっくりしたのが「サッカーがよくわからないので指導者はムリムリ(笑)」のくだりです。

カズは自分に正直なんだな!
そして天才の上に、このうえもない努力家なんだな。
正直な天才だから上記のような言葉が出てくるにちがいない。
感覚でサッカーやっているから,システムやホーメーションというようなものが、彼には必要ないし、いまいちわからないということと捉えるしかない。
それから、彼の今までやってきたポジションというのもおおいに関係していると思う。
DF出身とFW出身では考えも全然違うし、DFのほうが個人の動き方やラインとしての動き方がきっちりしているんでそういった戦術は知らず知らずのうちに身に付くし、指導者のほうも言いやすいのである。

それに比べ、カズのような点取り屋は、あんましいろんなことを言われないし、点を入れるという結果だけを残せば、何も言われないできたんではないかと思うし、考えるのはただ一つ「ゴール!」だけだった。

きっとチームとしてなにをしなくちゃあいけないとかは、彼ぐらいになったら、そうとういい引き出しを持っているに違いない。
ましてや、ブラジル時代を含めた海外での経験を含めた多くの指導者との出会いもあったはずだし、経験値は日本NO1だと思う。

そんな男だからこそ「言葉の重み」みたいなのを考えさせらるコメントではないだろうか。
2008シーズンはわずか1点で終わってしまったが、今シーズンは5点は行ってもらいたいなあと感じる直助です。
by gsfc_aoshima | 2009-01-28 06:12 | 日本のサッカー | Trackback | Comments(0)

41歳の少年

1月24日のTV番組「うるぐす」で横浜FCの三浦カズの特集をしていた。
グァムで自主トレをしているカズのもとをかつての僚友、武田修宏が訪問するという設定だ。
カズの自主トレには今は柏のGKで日本代表にのぼりつめた菅野がついていた。

武田君は完全におっさんの体型になっていた。
悲しいぐらいのくずれた体で引力に逆らっても無駄だよなと感じられる。
それにひきかえ、41歳のカズの動きはなんなんだろう!
もうすぐ42だそうだ。
2年前、横浜みなとみらいのサッカーパークでカズを見たとき、痛々しいぐらい研ぎすまされ、シェイプアップされていたが、それよりは若干太いかなという感じ。
いい感じの体になっていたと思う。

武田君のインタビューとそれに応えるカズの話が面白かったので紹介したい。
とにかくカズってサッカーにまじめで真摯に立ち向かっているんだなと感じられて好感が持てる。
40を越えて、この少年のような輝きってなんなんだろう!
日本中探しても、こんなおっさんいないと思う。
おっさんなんて失礼だな。
こんな青年いません!

武田からの質問
41歳を超えての前提なんだが、
点が入らないような弱気になった時は
「弱気になった時の支えは、練習しかない」

以下、カズの発言をそのまま列記する。
「やりすぎたら疲れる。でもやらなければ落ちる」

一番大事なことというか、こだわりは
「サッカーをリスペクト−尊重している。サッカーをおろそかにしない。
サッカーを軽く見てはいけない。試合に出られない時や、チーム状態が悪いときには、なんで俺を出さないんだと監督なんかの批判をしたくなるが、全てを受け止めることが大事でそれがサッカーをリスペクトすることなんだ。」

「こどもは男の子が二人いるんだが、サッカーをやってなくて野球をしています。
このまえ、家族4人でグランド1面借り切って野球をした。
けっこう疲れるよね」

「着るものは誰にも触らせない。どんなに酔って帰ってきても、スーツは自分できちんとしまうし、明日なにを着ようか、かならず袖を通して確認してから寝る。もちろんワイシャツやらネクタイも締めてだよ!」

「指導者は無理かも!
サッカーがよくわからないんだ。分析出来ない!
指導者ってすごいよね。
プレーしているのが一番楽しい」

「最近の質問はこればっかしでどちらかだ!
いつまでやるんですか?
がんばってください!」

「じぶんとしては、サッカーをやりきりたい!
納得しないまま終われない!
途中で交代なんかさせないで、使い切ってほしい。
カスカスになるまでやらしてよ!
僕はサッカーをやるのがほんと好きなんです」
                     以上

日本一のサッカー小僧だと思います。
J2でだめならJFL、それでもだめなら地域リーグ、さらに県リーグでしか使われなくなってもやるんだろうな!
灰になるまでだな。

あと8年もしたらシニア世代になる。
その頃にはシニアのワールドカップも出来るかもしれない。
カズサン、それを狙ってるのかもしれないよね。
今のまま行ったら世界のイレブンのプレ−ヤーになるのは間違いないんだから。
素晴らしいサッカー人生

指導者になる気なんて全くないカズの気概にまさに脱帽である。
40すぎまで現役で頑張り、自らを一輪の月見草と言った「野村監督」を絶対越えているとお思いました。
シニアの日本代表になり、意地でも指導者にはならないんだろうな。
フランスワールドカップの最終メンバーからはずれた悔しさ、それに対する意地やら自らのプライド、そんなもろもろのものが今のカズを、そしてこれからのカズを支え、向上心を作り上げているのだろうと思う。

応援したいよな!
by gsfc_aoshima | 2009-01-27 06:15 | 日本のサッカー | Trackback | Comments(0)

母校のサッカー部

先週の金曜日、浜松での仕事が終わったあと、実家へ帰る途中、母校をのぞいた。
サッカー部の練習を見る。
今年は正月の同窓会には出たけんど、母校の初蹴りにはぎっくり腰で出られなかったから。

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部員も1、2年生だけにもかかわらず60人以上いたように感じた。
オラたちの頃の倍はいるな!

週末の公式戦のためなのだろうか、ミニゲームをやっていた。
みんな小学校からやっているせいか、そこそこ、うまい。
ボールも良く廻る。
見るほうからすると、なかなかじゃん!と感じる。

でもよくよく見ると、ところどころに大穴があるのである!
うまいんだが、サッカーってそれだけじゃあないんだな。

気付いたのは、
ボールに寄る早さがない。
ボールの出どこが予測出来ない。
ボールを持ったプレーヤーへのチェックが遅い。
そしてボールを持った選手以外走っていない。
100%全開の選手がほとんどいない。

たいした話ではない。
まさに基本中の基本のことだ。
戦術ばっかしが先行して基本のマークの仕方や予測、それに伴うボールカット。
攻守の切り替えの早さ

そんなんをちょっとチェックするだけでチーム力は飛躍的に向上するんだがよ!
こんままではちょっと厳しいぞと感じながら高校をあとにした。

新人戦の西部地区の予選リーグの最終戦、掛川西との試合は0−1で敗れていた。
勝っとれば1位で中央大会なのに!
負けてからの2次リーグ初戦の磐田農高との試合が土曜日あったようで0−1で負けていた。

まだまだ発展途上なんだな!
ちょっとしたことをきちんとやらまいか!
がんばってほしいな。
by gsfc_aoshima | 2009-01-26 06:00 | 高校サッカー | Trackback | Comments(0)

キビシい現実

金曜日の夜から、磐田の実家に泊まっている。
仕事で静岡県に入っているというわけだ。
正月あけ、先週の日曜日に1日、休んだだけで仕事に明け暮れている。
いいのか悪いのか、出来が悪いから休めないというのが当たっているかも!

昨夜は弟と話したら、従業員の○○さんの旦那は、車関係の下請けの工場に行ってるのだが週休4日になったそうな。
3日だけ出てくればいいんだそうな!
もちろん、給料はそれに連れてダウンだ。

彼女の家は、一昨年、3000万円で家を新築した。
残業代を見越してだ。
土地は親から分けてもらい、一流住宅会社の注文建築で35年ローン。
50近い年なのに35年のローンってなんなの?
いくら貸してくれるって云っても、それって最初から無謀な計画だよな!
どうもそんな人たちがけっこう地方にもいるようだ。
そして、今の現実。
生命保険付きだから死んでもらったら家族は大喜びって冗談にも云えないよな。

磐田にはブラジル人の人たちも多い。
派遣会社から一番最初に首きられるのはもちろん彼等である。
国に戻るお金もない方もいるらしい。
まだ面倒見てもらえる日本人はいいほうかもしれない。

国会で漢字テストをやってるようじゃあ「こりゃあダメずら!」
あまりにも能天気な先生たち。
日本はどうなるんだろう!

それにひきかえ、アメリカの団結ーものすごいよな!
すでにオバマは未曾有の経済政策と予算立てを党派を超えてやろうとしている。

僕らは誰にこの国をまかせたらいいんだろうか?
by gsfc_aoshima | 2009-01-25 07:20 | その他 | Trackback | Comments(0)

ヤジに会う!

昨日のお昼時、新百合ケ丘で偶然、ヤジに会う。
ヤジとは、そう!今シーズン、エスパルスからフロンターレに完全移籍した矢島のことだ。
こちらはしごとの途中、彼は銀行へ。
おたがい、慌ただしかったので握手して、二言三言、言葉を交わしてわかれた。

はがねのような引き締まったからだが容易にわかる感じがした。
まだ、ホテル住まいだそうで、来週から始まる宮崎キャンプから帰ってきてからの横浜での生活になるようだ。
奥さんももらったようだし、充実しているよな!

横浜にア式の後輩が集まりだした。
2月はキャンプでみんないないだろうが、シーズンが始まり落ち着きだしたら、水曜日だったら「梨園」に行けるかも!
楽しみである。
ヤジはがんがん行くだろうしね!

とにかく、今のフロンターレだったら、ヤジに、裏への生きたパスが中村ケンゴウから出るのは間違いない。
そう、前を向いてボールをもらえるのはエスパルス時代の比ではないだろう。
あとは鋼のからだで寄せ来る敵をブロックしながら、落ち着いて、7分の力で軽く足を膝から下だけで丁寧に振り抜けばいい。
思い切り振り抜くことはないのである。
そのぐらい、今のボールはスピードが出て、なおかつコントロールがいいのだ。
そしてGKからしたら逆にとりにくいのである。

そしたらゴール量産。
あとはどうなるかみんなわかるよな!

結果として岡ちゃんが代表に招集。

ほんと先が読めるよな!

マリノスに入る渡邉千真がもしシーズン当初から使われたら、これもまた楽しい予感もするわけで、代表デビューがどっちが先か!
カズマのシュートの正確さは並ではないしよ!

とにかくたのしみな二人が近くにいる!
by gsfc_aoshima | 2009-01-24 06:57 | 日本のサッカー | Trackback | Comments(0)

大統領の言葉

アメリカ合衆国第44代大統領に就任したオバマさんのことばを記憶に留めておきたいのでここに記録する。

以下の通り

国民の皆さん

 私は今日、厳粛な思いで任務を前にし、皆さんの信頼に感謝し、我々の祖先が払った犠牲を心にとめて、この場に立っている。ブッシュ大統領が我が国に果たした貢献と、政権移行期間に示してくれた寛容さと協力に感謝する。

 これまで、44人の米国人が大統領としての宣誓を行った。その言葉は、繁栄の波と平和の安定の時期に語られることもあったが、暗雲がたれ込め、嵐が吹きすさぶただ中で行われた宣誓もあった。こうした試練の時に米国が前進を続けられたのは、政府高官の技量と展望だけでなく、「我ら(合衆国の)人民」が、先達の理想と、建国の文書に忠実でありつづけたためでもある。

 それが我々の伝統だった。我々の世代にとっても、そうありつづける。

 だれもが知る通り、我々は重大な危機にある。わが国は(イラクやアフガニスタンで)戦争状況にあり、敵は憎悪と暴力のネットワークを持っている。経済状況も悪く、その原因は一部の人々の貪欲(どんよく)さと無責任さにあるものの、我々は困難な選択を避け、次世代への準備にも失敗している。

 多くの人々が家を職を失い、企業も倒産した。健康保険制度もカネがかかりすぎ、多くの学校(制度)も失敗した。毎日のように、我々のエネルギーの使い方が敵を強め、地球を危険に陥れている証拠も挙がっている。

 これがデータや統計が示した危機だ。全米で自信が失われ、アメリカの没落は必然で、次の世代は多くを望めない、という恐れがまん延している。

 今日、私は我々が直面している試練は現実のものだ、と言いたい。試練は数多く、そして深刻なものだ。短期間では解決できない。だが知るべきなのはアメリカはいつか克服するということだ。

 この日に我々が集ったのは、恐れではなく、希望を選んだためで、争いの代わりに団結を選んだからだ。

 この日、我々は実行されない約束やささいな不満を終わらせ、これまで使い果たされ、そして政治を長いこと混乱させてきた独断などをやめる。それを宣言するためにやって来た。

 我々はいまだ若い国家だ。だが、聖書の言葉を借りれば「幼子らしいこと」をやめる時が来た。我々が、不朽の精神を再確認する時がきた。より良い歴史を選ぶことを再確認し、世代から世代へと受け継がれた高貴な理想と貴重な贈り物を引き継ぐ時が来た。それはすべての人々は平等、自由で最大限の幸福を追求する価値があるという、神の約束である。

我が国の偉大さを再確認する時、我々は偉大さが決して与えられたものでないことを理解する。自分で手に入れなければならないのだ。我々のこれまでの旅は、近道では決してなかったし、安易に流れるものでもなかった。それは心の弱い、仕事より遊びを好み、富と名声からの喜びのみを求める人々の道でもなかった。むしろ、リスクを選ぶ人、実行の人、創造の人の道だ。恵まれた人の場合もあるが、多くはその仕事については知られず、長く困難な道のりを歩み、我々を繁栄と自由へと運んでくれた人々だ。

 我々のために、彼らは、ないに等しい荷物をまとめ、海を渡って新しい生活を探した人々だ。

 我々のために、彼らは額に汗して働き、西部に住み着き、鞭(むち)打ちに耐え、硬い土地を耕してきた人々だ。

 我々のために、彼らは(米独立戦争の戦場の)コンコードや(南北戦争の)ゲティズバーグ、(第二次世界大戦の)ノルマンディーや(ベトナムの)ケサンで戦い、死んだ人々だ。

 歴史の中で繰り返しこうした男女がもがき、犠牲を払い、我々がよりよい生活を送れるように苦労してきた。彼らは、米国が我々の個人的な希望の集大成よりも大きい存在だと思っていた。生まれや富、党派の違いより偉大だと思っていたのだ。

 この旅を今日、我々は続けている。我々は今でも地上で最も繁栄し強力な国だ。我々の労働者は今回の危機が始まった時と同様、生産性は高い。発明心に富み、商品やサービスは先週、先月、昨年と同様に求められている。

 我々の能力は落ちていない。だが、過去に固執し、狭い利益しか守らず、面倒な決定は後回しにする時代は終わった。今日からは、我々は立ち上がり、ほこりを払い、アメリカ再建の仕事に取りかからねばならない。

 どこを見回してもすべき仕事がある。経済状況は、大胆で迅速な行動を求めている。我々は新しい職場の創造だけでなく、成長のため新しい基盤を作らねばならない。

 我々は道路や橋、電線やデジタル通信網をつくり、我々の商業を支え、我々の結びつきを強めなければならない。我々は科学を本来あるべき場所に引き戻し、技術を活用し医療の質を引き上げると共にコストを下げる。

 太陽、風や土壌を使って我々の自動車の燃料とし、工場を動かす。我々の学校や単科大、大学を新たな時代の要請にあわせるようにする。これらすべてが我々には可能だ。これらすべてを我々は実行するのだ。

 我々の志の大きさに疑問をはさむ人もいる。我々のシステムでは大きすぎる計画は達成できないという人々だ。彼らは覚えていないのだ。彼らはすでにこの国が成し遂げたことを忘れているのだ。想像力が共通の目的に出会った時、必要が勇気と出会った時、自由な男女に達成できることを忘れているのだ。

 皮肉屋が理解できないのは、彼らの下で大地が動いたということだ。我々を余りに長期間、消耗させた使い古しの政治論議はもはや適用されない。今日、我々が問うのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、機能しているかどうかだ。家庭が人並みの収入を得られるよう仕事を見つけ、威厳をもって引退できるよう助けているかどうかだ。

 答えが「イエス」の施策は継続する。「ノー」の施策は廃止する。公金を預かる我々は、説明責任を果たさなければならない。適切に支出し、悪い習慣を改め、誰からも見えるように業務を行う。それによって初めて、国民と政府の間の重要な信頼を回復できる。

 市場が正しいか悪いかも、我々にとっての問題ではない。富を生み出し、自由を拡大する市場の力は比肩するものがない。だが、今回の金融危機は、注意深い監視がなされなければ、市場は制御不能になり、豊かな者のみを優遇する国は長く繁栄することはできないことを我々に気付かせた。

 我々の経済の成功は国内総生産の規模だけでなく、繁栄が享受される範囲や、望む人すべてに機会を広げる能力にかかってきた。慈善としてではなく、公共の利益に通じる最も確実な道としてだ。

 我々の防衛一般に関しては、我々の理想と安全のどちらかを選ぶという間違った考えを拒絶する。建国の父らは、想像もできないような危険に直面しながら、法の支配と人権を確約する憲章を起草し、それは何世代もの血で拡大されてきた。これらの理想はいまだに世界を照らし、我々は方便のためにこれらをあきらめることはない。

 だから、我々を今見ている他の民族や政府に対して言いたい。巨大な都市から、私の父が生まれたような最も小さな村まで、米国は平和で尊厳ある将来を求めるすべての国々とすべての男女、そして子どもの友人であり、もう一度、指導力を発揮する用意があることを知ってほしい、と。

 先人がミサイルや戦車を使うのみならず、信念と確固たる同盟をもってファシズムや共産主義に勇敢に立ち向かったことを思い出そう。先人は軍事力だけが我々を守るのではないことや、またそれを好き勝手に使えないことを知っていた。

 代わりに、彼らは慎重にそれを使うことで力が増し、安全は目的の正しさや、他国の手本となる振る舞い、謙虚さや自制心から発することを知っていた。

我々はこの遺産を引き継ぐ。これらの原理に再び導かれ、解決により一層の努力が求められる新しい脅威に対抗できる。我々は責任を持ってイラクから撤退し始め、イラク人に国を任せる。そしてアフガンでの平和を取り戻す。古くからの友人とかつての敵と共に、核の脅威を減らすために絶えず努力し、さらに地球の温暖化とも戦う。

 我々の生き方について言い訳はしないし、それを断固として守る。無実な人々を殺したり、脅迫で自己の目的の実現を図る者に対し、告げる。我々の意思の方が強く、我々の意思を曲げることはできない。我々の方が長く生き、そして打ち負かす。

 我々の多様な出自は強みであり、弱みではない。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、そして無宗教者の国だ。地球上の津々浦々から来たあらゆる言語と文化で形作られている。内戦(南北戦争)や人種差別という苦い経験もしたが、その暗い時代をへて、我々はより強くなり、きずなも深くなった。かつての憎しみはいずれ消え、我々を分け隔てた壁はいずれ消える。世界が小さくなるにつれ、我々が共通に持つ人類愛が出現する。そしてアメリカは平和の時代をもたらす役割を果たさねばならない。

 イスラム世界との関係では、互いの利益と互いの敬意を基本として共に歩む方法を探す。対立をあおったり、国内の社会問題が生じた責任を西側世界に押しつけようとする指導者たちよ、何を壊すかでなく、何を築けるかで、国民に評価されることを知るべきだ。

 腐敗、策略、口封じで権力にしがみつく指導者たちは、大きな歴史の過ちを犯していることを知るべきだ。しかし、その握りこぶしをほどくならば、我々も手を差し伸べる。

 貧しい国々の人々には、我々が一緒に汗を流すことを約束する。農地が豊かになり、きれいな水が流れるようにし、空腹を満たすとともに、飢えた心も満たす。そして我々のように比較的豊かな国々は、国外での苦しみに無関心でいたり、影響を気にとめずに、地球の資源を浪費はできない。世界は既に変革しており、我々もそれに合わせて変わらなければならない。

 我々は進む道を熟慮しながらも、今まさに、遠く離れた砂漠や山々で警戒に当たる勇敢なアメリカ人たちへ謙虚に、そして感謝の念を持ち、思いをはせる。彼らは今日、我々に教訓を与えてくれる。アーリントン国立墓地に眠る英雄たちと同じように。彼らが自由の守護者だからだけでなく、彼らは奉仕の精神を体現し、自分たち自身よりも偉大なものが存在し、それに意味を見いだす人たちだからこそ、たたえる。そして、この歴史的な瞬間に、まさにこの精神を我々がみな共有しなければいけない。

 政府の能力や義務は、究極的には米国民の信念と決意が決定する。それは、堤防が決壊した時に見知らぬ人をも招き入れる親切や、友人が仕事を失うことになるよりも、自分の労働時間を削ってでも仕事を分け合おうという労働者たちの無私無欲のおかげで、最も暗い時を切り抜けることができる。煙に満ちた階段を駆け上がる消防士の勇気や、子どもを育てる親たちの意志が、最終的に我々の運命を決定付ける。

我々の試練は新しいのかもしれない。それに立ち向かうための道具も、新しいかもしれない。我々が成功するかどうかは、労働と誠実さ、勇気、フェアプレー、忍耐、好奇心、忠誠心や愛国心にかかっている。古くから言われていることだ。だが、真実だ。それは歴史を進歩させた静かな力だった。今求められているのは、こうした真理への回帰だ。責任を果たすべき新たな時代だ。我々米国人一人ひとりが、自分自身や国家や世界に義務を負っていることを認識し、こうした義務を嫌々ではなく、喜んで受け入れることだ。私たちにとって、困難な仕事に全力で立ち向かうことほど、自らの性格を定義し、精神をみたすものはない。

 これが市民であることの代償と約束だ。これが私たちの自信の源泉だ。神が未知の運命を自らの手で形作るよう、我々に求めたものだ。

 なぜ男性も女性も子供たちも、どのような人種、宗教の人々も、こうして就任式に集まることができるのか。なぜ約60年前なら地元のレストランで給仕されなかった可能性のある男の息子が、こうして皆さんの前で宣誓式に臨むことができるのか。これこそが、我々の自由、我々の信条の意味なのだ。

 我々が誰なのか、我々がどれほど遠くまで旅してきたか。今日という日を、それを記憶に刻む日にしよう。

 アメリカ建国の年、最も寒かった時、愛国者たちは氷で覆われた川岸で、たき火のそばに寄り添い合った。首都は見捨てられ、敵は進軍し、雪は血で染まった。独立革命が本当に実現するか不確かな時、建国の父たちは、この言葉をきちんと読むよう求めたのだ。

 「未来の世界に語られるようにしよう。厳寒の中で希望と美徳だけが生き残った時、共通の脅威にさらされた国や地方が前に進み、それに立ち向かうと」。

 アメリカよ。共通の脅威に直面した非常に困難なこの冬に、これら永遠の言葉を忘れないでいよう。希望と美徳をもって、この氷のような冷たい流れに勇敢に立ち向かおう。そしてどんな嵐が来ようとも耐えよう。

 将来、我々の子孫に言われるようにしよう。試練にさらされた時に我々は旅を終わらせることを拒み、たじろぐことも後戻りすることもしなかったということを。我々は地平線と注がれる神の愛を見つめ、自由という偉大な贈り物を前に送り出し、それを次世代に無事に届けたのだ、ということを。

<以上>

かつてオバマさんは「一つの声が一つの部屋を変える。そうすると町が変わり、洲が変わり、国が変わり、世界が変わり得る」と云った。

4年後、アメリカはどうなっているのか、楽しみだ!
世界中の人々がこの人ならと期待している。
そう!国境を越えてだ!

オラァのつたない頭では想像すら出来ないが、オラァが知りうる情報の中で類推するに、日本人で例えると、織田信長か坂本竜馬ぐらいだろうな。
太刀打ちできるのはよ!

そして日本は?
日本の指導者の皆さんとのこの格差はなんなんだろう
この10年、日本は格差社会になったというが、政治の世界ではオバマひとりと日本の国会議員全員たばになってかかっても、相手にならないほどの格差がある気がするんだが。
まちがいない!!
by gsfc_aoshima | 2009-01-22 04:27 | 高尚な話 | Trackback | Comments(0)

県選手権その2

とにかく寒くて、見ているほうも辛いけんど、やってる子供たちも、暖かくなってきたら終わっていたという感じだろうか。
前半1点、後半2点の失点
力の差がそのまま得点に表れたといっていいだろう。
最初の失点はフリークックがダイレクトで入ってしまう。
決して、いいキックではないんだが低学年小さな選手たちにはゴールがでかすぎる。
攻められてはいたが、けっこういい守りをしていただけに前半ゼロで行きたかったんだが!

2点目もゴール前の混戦からGKがファンブルしたのをかっさらわれる。
3点目は右サイドを崩され、ゴール前にセンターリング、これを9番の女の子がインステップのダイレクトで合わせた。
敵ながらアッパレ!
それも女の子−ほめてあげたい!!!
いい選手で将来楽しみなナデシコだと思う。
そんな感じで崩されて入れられたのはこの1点だけでキャプテンを中心に粘っこいマークでピンチの芽を摘んでいたと思う。
GKも一番小さな部類に入るけんど、いい反応でシュートを防いでいた。

ではうちのチームの攻撃をどうだったかというと、こっちのほうはインフルエンザで欠席のこどもが出たというのが大きな要因だったのかどうかはわからんが、ゲームを組み立てられなかった。
相手のFC希望ヶ丘ライオンズは2列目3列目からのボールの配給が9番にくさびパスとして多く出て、それをサイドにまた散らすという作業をしている。
この差が出たんではないだろうか。
パスを出すコースがうちは1本、相手は2本も3本あるように感じられた。
前は前だけで、中盤の選手は中盤だけというプレーが目立つ。
2列目が1列目を追い越すようなプレーもなく、単独で強引に行ってはつぶされるケースが目立つ。
でも、サッカーってこういう強引さも大事なんだよな。
可能性を感じさせるプレーヤーがいることも確かである。

気付いたことがある。
うちの選手たちのほとんどに言えることだがボールコントロール、とりわけトラップがへたということ。
ヘディングが出来ない。ていうかやらない。
トラップして失敗するケースが目立つ。
結果として浮きボールの処理ができないのである。

この2点の基本練習はたくさんやったほうがいいし、やれば効果は絶大である。
トラップに関して言えば、足の裏でのボールコントロールをマスターさせたらいい。
ピタッと止めるにはこれが一番である。
足のサイドで止めてはいるのだが、ただ当てているだけなのでどうしてもボールが弾む。
自分のコントロール出来る範囲から出てしまっている。
まずは足の裏できちっと止めることが大事だと思う。

それから浮きボールは足の甲での処理の仕方をしないといけないな。
オラたちの時代の、「なにがなんでもインサイド」だけでは幅広いプレーができないのは確かである。

コーチのみなさんよろしく!



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by gsfc_aoshima | 2009-01-21 06:39 | ジュニア | Trackback | Comments(0)

県選手権低学年の部

神奈川県サッカー協会の主催するジュニア=4種の県大会は年に2度ある。
春の全日本、そして新年早々の県選手権である。
とりわけ、4年生以下の大会はこの選手権だけで、この大会に出るために神奈川県サッカー協会を通じて日本サッカー協会に登録する。

横浜市のいろんな大会に出るには横浜サッカー協会に登録しなければならない。
横浜サッカー協会は県協会とは連動していないのである。
ここらあたりが?みたいなピラミッドなんだがとにかく登録となるとまずお金がかかるということ。
要は高学年はともかく低学年は言い方悪いが1回の試合のために登録するということなんである。

そして大会は横浜市内のグランド提供がコートの大きさの関係でほとんどないため、どうしても遠いところでやるのは必定となる。
神奈川県の西の果て、真鶴なんぞで朝の9時から横浜の2チームが対戦なんてことも過去にはあったと記憶している
それから、時期的に1番寒い時なんで、カゼッピキの子やらなにやらで体調不十分な子が多く、メンバーを集めるのが苦労なんである。
そんなこんなで、なにが言いたいかというと、どうもこの大会は参加する必要性がほんとあるのかということなんである。
特に4年生以下の低学年はよ!

とはいえトワエモア、子供たちの歓声を聞くと、あるいはご父兄のニコニコする顔を見るにつけ、毎年登録してしまうことになる。

今回の大会会場は海老名の中新田小学校。
一度も行ったことはないのだが、想像するだけで田んぼのど真ん中、校庭がひろい。そしてまわりに駐車場がない!

まさにその通りであった。
時間貸しの駐車場はどこをどう探してもなく、会場から1キロほど離れたところの偶然見つけた市立の老人施設に、今回ばっかしは無断で停めさせていただく。
まあ、駐車スペースがいっぱいあるので大丈夫だと勝手に判断。

そんなこんなでやっとこさ会場に着く。
グランドの広いこと、この上もない。
フルコートとれるほどの校庭にはたまげる。
うちのチームのやってる境木小学校はフットサルコートに毛の生えたぐらいなのによ!
とにかく全国第2の町だといばってみても実のところあまりにも貧困なスポーツ施設やらグランド。
日産スタジアムがあるぞなんていばっていられないのである。
あれを造るぐらいなら、人工芝のグランドが何面造れるのか!なあんて考えてしまうのである。

はなしがだいぶよそのほうにそれてしまったが,試合の総括は明日にね!
by gsfc_aoshima | 2009-01-20 05:58 | ジュニア | Trackback | Comments(0)