<   2006年 09月 ( 30 )   > この月の画像一覧

外池選手と李園

湘南ベルマーレの外池選手とおなじみの李園に行く。

奥さんが出産で実家に戻っているとのことだが、出産予定日は今月25日で、いつうまれてもおかしくないそうだが、こうなったら10月までのあと1日頑張ってもらいたいとの事。
なんでも、10月に生まれた時は、国からの出産補助金が一気に50000円アップの35万円になるらしい。
そりゃあ、頑張ってほしいよなと、なんだが奇妙な同調なんぞしてしまったがよ。
3人目のお子が無事、生まれる事を願いつつ、ふたりでガンガン食べた。

て云うより、外池のすさまじい食欲に感嘆の声を上げんといかんぐらいの見事なたべっぷりだった。
まづ、定番の蒸し鶏の「大」を、2皿
白菜の甘酢、
イカの1夜干し炒め
トマト牛肉炒め
アサリ青菜炒め
タマゴザーサイ炒め
パイコウ炒飯
トマトタンメン

ふたりともクルマだったんでもちろん、アルコール類はなくて、水だけでバクバクだ!
オーダーはこんなとこだったと記憶しているが、このほかに1品ぐらいは頼んだかもしれん。
普通のお客さんだと、炒飯と蒸し鶏「小」でオーケーぐらいだぞ。
「残すとお店の人にも失礼なんで、全部食べましょう」ー見事なもんだ。

とにかく、このお店の蒸し鶏は絶品で、これを食べたら、中華街には行けません!!
中華街で3年間、朝から晩までお仕事していたオラがいうんだから間違いない!
その中華街で「美味しい店ありませんか」としょっちゅう尋ねられていた。
「クルマで来たなら李園がいいよ」と教えていた。
外れた事はなかったぞ。
中華街に食べにきたお客さんに中華街の外の店教えちゃうおいらもめちゃめちゃなんだけんどよ!

外池選手も30を過ぎ、微妙な立場にいるのは事実なわけで、ここんとこ、完全にメンバーから外されている。
チームも残り9試合でJ1昇格の目もなくなり、これからは消化試合になっちまうわけだ。
そういった難しい状況のなかでも気持の強さを持っている。

彼のすごいとこは、どんな状況になってもいつも前向きで、絶対めげないし、あきらめないところだ。
いつ、お声がかかってもいいように、たえず精進している。
かなりの年上のオラぁがチームの事で相談乗ってもらっているようなわけでしてね!
とにかく、節制もみごとなようだし、からだも切れ切れのように感じた。
これだけ食っても、無駄な肉がほとんどないような、からだつきだぞ

フレーフレー外池
無事、3人目が明日アタリ産まれますように!
by gsfc_aoshima | 2006-09-30 07:51 | ワセダ | Trackback | Comments(0)

刺身盛り合わせ3990円

昨日の昼食は午前中のしごとがうまくいったんで沼津港の寿司屋で特上を頼む。
有名な店だと云うが、まあたいしたこたぁなかった。
午後のしごとは更にうまくいったんで、夕方、3人でまた、沼津港にいくことにした。

○天という店に入り、刺身盛り合わせ3人前を注文する。
この店はえらい繁盛しているが、沼津港にきたときはよく立ち寄る。
量は多いし、刺身の肉厚もえらく厚い。
どちらかというと細やかな感じはしない。

そして、出てきたお刺身はドカ〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!!!!だった。
b0005596_6311575.jpg

一同唖然として、結局だいぶ残した。
刺身を残すなんてちょいと信じられないがよ!
そのほかに注文したのはゲソのからあげー皿に山盛りで350円。
あわびの胆ー値段忘れた
生ビール中ジョッキ4杯
総計7000円ほどだった。
値段もえらく安い気がした。

でも、しばらく、行くのはやめにしようとだれからともなく声が出る。
過ぎたるは、、、、、、、なんとかだなということだな。
見ただけでおなかがいっぱいになってしまった。
日本人にはほどほどがいいのかも
by gsfc_aoshima | 2006-09-29 06:34 | どうでもいい話 | Trackback | Comments(0)

もう出なくちゃあいかんだに

ちぃ〜っと寝過ごした。
「今日の直助」考えて暇もなくもう家を出ないと行かんずら。

まだシャワーも浴びていんし、早くせんと大船から特急東海に間に合わん!
今日は富士から午後は沼津で、5時には仕事を終えて、沼津港で美味しいさかなを食べたいな。
土産で買ってきた「いわし棒」がえらい好評なんで、それも買ってきてやんないといかん。
楽しみな一日になるずらよ!

それから、Jr.の秋の大会、国際ちびっ子いが10月1日からいよいよ始まる。
こどもたち、がんばってほしいな。
ちなみにLクラスは
10/1  10:40 VS嶮山キッカーズ  13:10 VS文庫FC
10/7   9:00 VS FC鴨志田緑 11:30 VSたちばなキッカーズ
10/8   9:50 VS 横浜かもめSC 
10/9  11:30 VS 浜北谷本FC
いずれも、赤田東公園グランド

このクラスでは、幹事チームにクルマの不法駐車等についてオラの名前で「誓約書」を出していますんで、応援に行かれるときは近隣に駐車する事なく、電車バスでお願いしますだ。
最悪、クルマで行っても時間貸しのとこに入れてくださいまし。
ゆめゆめ、学校の廻りとか、近くの空き地に停めないように。
by gsfc_aoshima | 2006-09-28 06:19 | 恥ずかしながら直助 | Trackback | Comments(0)

今週はサッカー考えている暇もない

月曜日、沼津
火曜日、小田原から清水
水曜日、小田原から沼津
木曜日、富士、沼津
金曜日、横浜
土曜日、浜松

日帰りだに!
新幹線はけっこう疲れる
よくとまるからだ。
抜かされるしよ。のぞみやらひかりにだ!
それも連続で2本のときもある。

特急東海だとよく眠れるし、落ち着く
すいているのと、停車時間が短いので気持がよい。
連れがいると、なお楽しくなる。帰りは対面式の座席で真ん中にテーブルがついている
ところに座る。
各車両に4人掛けが2つ、個室のようについている。
ここで、軽い宴会ができるわけだ。
けっこう楽しい旅が出来る。
なぜかとなりの席の人とも話が出来ちゃうぞ。

新幹線ではこうはいかない。
3人掛けにひとり窓側、2人掛けにひとり窓側
まんなかが大きく空いていて、話し声もない
よそ行きな感じがするな。

それから、新横浜廻りで、東神奈川に出て!というのも妙にかったるいぞ。
けっこう無駄な時間もかかるし、東神奈川で階段上がって乗り換えだとこれもきついな。

上り下りで一日4本しかない、この特急の本数をもう少し増やしてくれたらなあと思う。
伊豆に行く「踊り子」はけっこう多いのだが、ただ速いだけの新幹線ではなく、いわばアナログの東海道本線上の特急もすてたもんではないと思うだいね。

それにしても、この年でこれだけの距離稼いでいる、57歳もあんまりいんぞぉと思っている。
若い時、遊びほうけたんで、その分、一生懸命仕事せんといけないという事かな。
神様が、ちゃんとその辺のバランスをとれといっているような気がしてならない。

この列車ばっかしの毎日で、どう車内で過ごすか!ーこれが一番の問題なわけで、疲労を残さんで、尚かつストレスを貯めないーこれにつきる。

もちろん、サッカー関係の本は必需品で、これは欠かせない。
この魅力あるサッカーマガジンやら、ダイジェストを買って、隅から隅まで読み通すなんてことはもちろんしないで、ちょこっと読んだら、すぐ眠れるぐらいまでいかないと達人とはいえんだいね。
これを、きっちり読んじゃうと疲労がたまるわけだ。
ダイジェストで3日はもたせるぐらいでないといかんわけだ。

なにも読まずに寝ちゃうのほどからだによくないものはない。
それはストレスがたまっていたり、疲れている証拠でもある。
サッカーマガジンが子守唄ぐらいな心境になるという事が大事なわけということだでよ!

ただ、サッカーマガジンもダイジェストも最近あんまり面白くなくなってきているな。
あまりにも日本代表やら、Jリーグ偏重だぞ。
それから書き手が素人だから、本質をついていないぞ。

それよりも、もっと、マニアックなサッカー雑誌があってもいいよな。
ローカルなチームやら、高校大学なんぞの特集ばっかしやっているようなサッカー雑誌は発行されんかいねえ!
売れないな、マニアックすぎて!
by gsfc_aoshima | 2006-09-27 07:07 | 恥ずかしながら直助 | Trackback | Comments(0)

朝のワンダがわからない

今朝も朝、5時にすきっと起きられる。
まだ暗い。
いよいよ、朝が遅くなるなという感じ。
今朝はとりわけ涼しく、秋がいっそう深まったのがよくわかる。
野辺山の五光牧場では、きのこがどさどさとれるらしい。
食いてぇ!

水を1杯飲んでから、お湯を沸かしてコーヒーを飲む。
ネスカフェゴールドブレンドだが、もちろん、香りはない。
インスタントコーヒーだが、コーヒーとわかっているから、飲んでいるが、目隠しして飲むと、これがコーヒーだかココアだかお湯に砂糖を入れているのか区別がつかない。

「たしかにコーヒーだな」とか、「う〜〜〜〜〜〜〜んゴールドブレンド!」なんては悲しいけど云えない。
まずいのである。
前々から、嗅覚なくなったと吠えているが、香りがないという事は、舌もおかしくなるわけで、ひたすら目で食事しているといってよい。
すでに、コーヒーの香ばしいというのがどんなもんだったか完全に忘れている。
焼き肉もわからんな。
なにがうまいのか、ほんとはわからんといったのが正直な話で、だから、まずいなぁという感覚もなくなっているわけでもある。
うまいもまずいもないのは情けないこんだいね。

なにせ、自分の加齢性老人臭さがわからんのがいいのか悪いのか、こまったもんずら。
もう一度、耳鼻科に行って、点鼻薬をしこしこやるしかないかな
自分で自分がわからんというのが今のオラァの一番困ったことなんである。
やっぱり、お医者さんに相談しよう!
by gsfc_aoshima | 2006-09-26 07:00 | 恥ずかしながら直助 | Trackback | Comments(0)

サッカーやるには最高の季節だな

日がな一日グランドに立っていた。
午前中はJr.ユースの練習
b0005596_6930100.jpg

現場に立つのは久し振りなんで、ほとんど、ボールも蹴らず、くっちゃべっていただけで時間が過ぎてしまった。
汗もかかなかった。ていうか見ていただけだが、それでも気持は乗ってくる。

午後は金沢文庫の海の公園グランドに行く。
トップチーム、コブラと神奈川教員との練習試合。
このチームは関東リーグ2部のチームではっきりいってランクが違う。
この日は若手で臨んできたが、格下のうちのチームがどれだけで出来るかだ!
b0005596_615528.jpg

結果は2−1でうちが勝てた。
1本目0−0、2本目2−0、3本目0−1
得点チャンスは多かったが、あいかわらずの単調な攻めに終始した。
後半、アキを投入したら、緩急がつくようになり、リズムも出だして2点をゲットした。

来週は、リーグの行方を占うFC厚木ととの試合だ。
監督からも、体調管理を怠るなとの言葉。
選手達もわかっていると思うけんど、この1週間はサッカーに気持をもっていってほしいとの話も出る。
まさにその通りで、気持を切り替えてほしいずら!
by gsfc_aoshima | 2006-09-25 06:22 | 横浜GSFC | Trackback | Comments(0)

天皇杯かよ

大阪のキノシタサンから手紙が届いた。
中に天皇杯のプログラムが入っていた。
b0005596_7211978.jpg

付箋がついている。
あんまりきれいではない字で、「タクマ」「コウタ」と書いてある。
字がふるえている。

ていうことは、
ぎへぇ〜〜〜〜〜〜!

このふたりが天皇杯のメンバーに登録されているという事かっっっぁ!

今年、三重中京大と法政に入ったふたりだが、うれしいじゃんかよぉ!
感動じゃん!
試合に出るのも大事だが、記録に残るのも大事じゃん!
じゃんじゃんじゃんの3拍子じゃん!!!!!

おかあさんもあまりのうれしさに、オラに見せたかったんだろうな。
ええこんだよ!

うちのチームにとっても、天皇杯にメンバーとして名前が出るのは初めてだぞ。
20年で初めてだが、こつこつやってれば、そういう選手もでてくるという、いい見本だいね。
1年でそういう選手と巡り会える指導者もいれば、おらんみたいに20年かかるのもいる。
そりゃあ早くに、そういう選手を育てたいのはやまやまだけんど、そう簡単でもない。
巡り合わせという事もある。
オラの力不足もあるのは間違いない。

でも、やっと20年でこういうプレーヤーが出てくれた事は、オラ達チームのスタッフにとってはかけがえのない財産であるし、おおいに勇気をもらったというか、
モチベーション、
グぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンと急上昇間違いない!

中京は関大に1回戦で敗れてしまったのは残念だが、法政は3回戦に進出した。
がんばってほしいな。
キノシタママ、ありがとうね!
by gsfc_aoshima | 2006-09-24 07:34 | 横浜GSFC | Trackback | Comments(0)

昭和44年夏その2

オラの高校の後輩rainydayhさんが古田さんの事で、コメントしてくれたので、そのハチャメチャな古田さんについて紹介する。
raindayhさんがいう古田はオラん2級下の古田で大学1年から日本代表だった。
かわいい顔していた。
サッカー選手というより、ジャニーズがサッカーしているようなもんだった。
毎晩、ファンの女の子が、寮にひっきりなしに電話してくる。
もちろん、今と違って、黒電話が1本しかないんで、「いませんよ!」といってマネージャーはとりつがなかったはずだ。
彼のキックは凄まじく、飛ばす力は歴代の日本代表でもNO1ではなかったか。
今のボールだったら、軽くペナからペナぐらいは行っちまうではないの!
オラ達がインカレをとったのも古田のおかげと言ってもいいような大活躍だった。
準決勝の法政戦では、ハーフライン右45度あたりから放ったボールはゴールに吸い込まれた。いまでもその軌道は覚えている。

そのあだながふるたぬきの古田ではなくオラが1年生の時の4年生で九州は明善高校出身のカメの古田先輩だ。
首がいつもちょこっと前に出ているんでカメと呼ばれていた。
サッカーもなかなかうまかったし、試合にもよく出ていた。
でもグランドマネージャーとしては冷酷無比、世の中にこんな人いるんかいというぐらいSだぁ!

朝起きて食堂に行くと、午前の練習「腹筋30分」と黒板に書いてある。
V字になって足をあげたままの状態で足をのばし腹筋するんだが、最初は腹の前で手を組んでいる。
3分もしてくると、スパイクの重さでひざが曲がってくる。
足を地面に下ろしたりは大変な事になるんで、ストッキングを持ったり、スパイクのひもをもったりするようになる。
最後は、横になったまま、足だけは下げないようにしてもだえ苦しむ事になるわけで、午前連では延々と腹筋だ。
カメはうれしそうにオラ達のもだえる姿を見ていたのを覚えている。

せっかくだから、この合宿に出てくる登場人物は4年のGMのカメ、新人監督の和尚、3年のGMのバセ、そして2年生のいぼ痔の椿、脇やん、オダっぺ(バカボン、馬鹿っぺともよばれていた)、ゼンジ、バカチカ、ミッキー、フルタテ、オカマのキムチ、久保田さん、旅人、あとだれがいたっけ?
そうそう途中でやめちゃったけんどGKに前田さんというのがいたな。
○川○一に追いかけられていると云ううわさがあったな!
そうそう、サロメで白い芋虫になったのは前田さんだったよな。
○川○一に見せてあげたかったよな!

こうなると名簿が必要になるな!
1年は、キンチャン、タメやん、ヨチ夫、ロバ、工藤、よどがわ、おだに、トンカチ、菅原、つけもんやの合田。
椿と合田の明星高校コンビは練習の途中で、カメさんから「ダボスにランニングしてこい!」と言われていた。
その椿さんはダボスに行くたんびに、いぼ痔のとこから出血だと泣いていた。
ダボス=椿のいぼ痔だったし、ダボスと云うあだなの3年生もいたぞ!

なんかあだ名だけでもお話できそうだな。
その2であだなをごひろうだな。
しかし、オラが1年生のときは名前だけ聞くとものすごいメンバーがいたと思う。
高校時代にユース代表だったのが8人もいたし、4年生の田辺さんはフル代表だったしな。
オラはこの田辺さんのマッサージ係だったし、この人はおかしなひとで、大学ではサブ、日本代表ではレギュラーだった。
どうもこの人が入ると、リズムが悪くなるという事で外されていたしよ!

どういうメンバー選びをしていたのだろうか?
監督とこのカメさんで決めていたはずだからよ。
その監督は「やっさん」といわれていた方で、現在東京都サッカー協会の会長をしているがよ。
リーグ戦は断然優勝候補、大学NO1といわれていたが、この夏合宿がメチャメチャだったんでパラリンと落伍者で3割減になっちまっい、リーグ戦ではメンバー毎回くるくる替わり、1度も勝てなかった。

お前はその時、なにしていた?

オラはそのリーグ戦の最中は、浜松の日赤で2ヶ月も入院していたわけでこれは、涙なくして語れないトホホだった。

つづく
by gsfc_aoshima | 2006-09-23 07:01 | ワセダ | Trackback | Comments(1)

菅平合宿ー昭和44年夏

この話は真実であって、けっして面白くしたり、誇張したりした話ではなく、本当にあった話である。

夜逃げ事件
月形と云う、同級生が逃げて、そのまま退部になった。
別に退部届けを出さんでも、もちろん退部になれるわけで、引き止めなどももちろんない。
月形はとってもおもろい奴で、その後、卓球部に入って、いまでも福岡で卓球道場なんぞを経営している。
サッカーだけが人生ではないぞ! といういい見本だな。

しょんべん事件
シーツは結局変えずじまいでそのうち乾いていた。
どうちゅうこともない。
5日間、ふとんは敷きっぱなしだからよ。
もちろん、びしょびしょになっちまったパンツは洗ったけんどよ。

サロメチールの活躍
いまでもときどき使用するが、その頃の筋肉消炎剤といえば、ゼノールを貼るか、練習前にサロメを塗るかのどちらかで、部室の中はサロメのニオイが充満し、そりゃあ大活躍だった。
あのニオイとピリピリでで効くと勘違いしていたぐらいでよ。
その、きついサロメを股間、それもある1点に集中して塗りまくられるというか塗布されたら、どうなるか想像してほしい。
すごいぞ、それは!
「剥いてから、大量に塗って元に戻す。」
凄い行為だぞ!
情けなくて、そりゃあ言葉も出ん!
泣くぞ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!

朝っぱらからえげつない話で申し訳ないけんど、ほんとの話だから。
正直に話さんと、早稲田ア式蹴球部の股間にかかわる。いや沽券に関わるもんでよ。
真っ白くなった奇妙な芋虫ー笑えるぞ!
本人は泣いているけんどよ!
そうなった上から、その中まで白くされた芋虫の上にとどめの石灰をどさっとかけるわけだ。
やられるほうはそりゃあ暴れて許しを乞うが、多勢に無勢で、もちろん1年生だけがやられるということでもなく、その時のご指名は2年生で1年生もここぞとばかりに、2年生でもおかまいなしにパンツを脱がせた。
一瞬の出来事で、石灰まで行くわけだが、やられたほうは、すぐ水道に行って洗い流すも、石灰は流せても、サロメは水に流されるるわけでなく、ピリピリの苦痛はその日1日は十分続いてくれるわけだ。

もちろん、こういう行為は岡チャンだって、西野だって、関塚だって、現役時代はやってるはずだよ。
こういう、あほな伝統は永く続くもんだでよ。
若い時って、めちゃめちゃだもんな。


火傷事件、
4日目にやってしまった火傷のおかげで、ふくらはぎは水ぶくれが5センチ四方ぐらいになっちまった。
満々と水をたたえ、あんまり痛くはなかったが、そりゃあひどいもんだった。
確実に直してから、2次合宿に入ればよかったもんだが、直さないまま、合宿に参加してしまう。
そして、さらなる悲劇がおいらの身の上に襲いかかってくるわけだ。

忘れていた真実というか悪夢が思い出されてくるぞ
by gsfc_aoshima | 2006-09-22 06:10 | ワセダ | Trackback | Comments(1)

菅平

結局、菅平には行かなかった。
て云うより、仲間は全員行ったんだが、おいらはいろいろ忙しくて、それどころではなくなっちまったという事だ。
35年ぶりの菅平はどう変わっているのか、ほんと見たかった。
グランドは?
寮は?
ダボスは?
上田から菅平に行く道路は?

すべてが懐かしい思い出かって!
とんでも五味八珍だ。
ー五味八珍って静岡県にあるラーメン屋のチェーン店で、安くてまあまあうまくて量が多いー
おいらは驚いた時に使うがー

とにかく、悲惨な思い出ばかりで、卒業以来行っていないのである。

大学1年の夏合宿は最大の悲劇だった!
もはや、語るも涙、語る事もはばかれるメチャクチャな夏だっただに!

1次合宿を5日間、菅平で、新人だけで行なうー新人とは1、2年生の事だ。
たった5日が死ぬほど長かった。
5日空いて、2次合宿を那須で10日間
地獄の日々だった。

新人合宿は、4年生のグランドマネージャーがすさまじいばかりのメニューでオラ達はひたすら走らされ、なおかついじめの練習が多かった。
この人の名前はいえないがあえて言う!
古田さんといって、ひどかったなあ!

まったくサッカーとは関係ない「犬」という練習やら「腹筋大会」やら、「イザリ」「手押し車」「肩のせスクワット』「倒立腕立て」。
とどめはダボス山登りと、インターバルだ。
ご紹介するにも、順序の脈絡もないほど、ひどかっただいね。

「犬」は紹介しておこう。
情けないほどくだらない練習だ。
あの川淵キャプテンやら、釜本さんもやってるはずだ
情けないだに!
日本のサッカーなんてこんなもんだからよ。
みんな安心してほしいぐらいのレベルの低さだぞ。
もちろん、岡チャンだって、西野だってやってるのは間違いない!

マネージャーが1個ボールを持っている。
その周りに選手達全員が取り囲んでいる。
マネージャーが遠くに、思い切り蹴る。
オラ達は全員でそのボールを追いかける。
競争で捕りに行く。
ひとりだけが捕れる。
そして、うれしそうにマネージャーに持って行く。
ただそれだけの練習だ。
それを3回捕れると合格で休める。
捕ったと思っても、すぐ次に逆の方向に蹴ってくる。
ただの苛めだがよ!
だから、延々と、ふらふらになるまでボールを追いかけるわけで、技術向上の練習なんていうのは皆無なメニューばかりである。
「手押し車」をゴールラインからゴールラインまでやって、帰りは「イザリ」で帰ってこいとかよ!

ダボスに登るだけで、初日から足はキンキンになるし、階段は後ろ向きで這って降りる。
ベットは2段式のたこ部屋で、東京の合宿所とおんなじ作りだ。
だから、下には上級生で、1年は必ず上になる。
これがまたけっこうからだにこたえるんだな。

練習中は当時は水が飲めなかった。
練習が終ると、水道の蛇口から口を離さなかった。
腹ん中は水でガボガボになっちまうんで、その後の昼食やら、夕食が食べられない。
腹筋もキンキン状態で飯が入って行かないのもある。

あまりの疲れで悲劇も起きた。
夜中にトイレに行くのもはばかるぐらい疲れていたのか、オラは小便もらしていた。
小便だぞ!
世界地図だぞ!
だけんど、その布団でそのまま変えもせず、合宿中寝ていた。
もはや、どうでもよかったのである。

それから、オラ達は、マネージャーから、毎日こう言い続けられた。
「お前らはやめてもどうでもいい!うまいへたは関係ない!。いやなら帰れ〜〜〜〜〜〜っ!。45人もいるんだからよ。何人山降りてもどうちゅうことないぞ!」

朝起きたら、同期生がいなかった。
夜逃げだ。
みんなが寝静まった頃、起きだして、荷物もろともいなくなっていた。
上田の駅まで、歩いたら大変な距離ずら!
20キロ以上はあるだに!
そうやって辞めて行く選手達が毎年必ずひとりはいた。

オラも何回辞めようかともおもったが、しょんべんもらしてやめるのもしゃくだったんで我慢した。
それから、おらも更に悲劇が襲った。
風呂の熱湯で足を火傷してしまう。ふくらはぎの皮膚がびろびろで水ぶくれになっちまって、ものすごい状態だが、それでも練習休まなかった。
て云うより、休むために火傷をわざとしたといわれたくなかったからもある。

1次合宿最後の練習は、浜名湖を境にして、紅白戦をした。
終わった後、全員で「都の西北」を唄ったら、涙が止まらなかった。

そして、恒例の「解剖」だ!
そう、だれかひとり犠牲者がでるんだが、突然「解剖〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぅ』の声がかかると、全員ですっぽんぽんにされるのだ。
暴れる事も大事なわけで、「やめてくれ〜〜〜〜〜〜〜〜」と云わんといかんのだ。
そして、股間にはサロメチールの集中攻撃、それからそのサロメの上には石灰山盛りだ。
これは泣けるぞ。
そんな解剖が3、4人は必ず出る。
オラはこれだけはやられなかったな。
雨のときのランニング練習で、吉祥寺の井の頭公園ではよくやられて、パンツ木の上に取りに行った覚えがある。
これもほんとなさけない!

そんなこんなで、ちょっと思い出してもいろんな事が情景として出てくるわけで、現実に現場に立ったら、もっといろんなことがでてくるかもな。
1年の時は38年前ずら!
2次合宿はもっと悲惨だったのも付け加えておこう。
それはまた後日の楽しみだな!
古田先輩とはその後1度も会ってないんで是非お会いしたいんだがよ!
役目とはいえ、ひどい人だった!

オラも、その後、4年生になった時、1年から「鬼」といわれていたそうで、似たようなもんだがよ!
by gsfc_aoshima | 2006-09-21 07:44 | ワセダ | Trackback | Comments(0)