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盆踊り大会

この土日は地域の盆踊り大会があり、おいらのチームも初めて露天のお店を出した。
別にオラァが陣頭指揮してやったんではなく、小学生の有志での参加だ。
少しは手伝うが、ほとんど飲む方に終始した。

けっこうな人出だ。
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お店も売ってるのはたわいもないもんだが(氷菓子とおもちゃ)、ほとんど完売する。
10円から100円までの商品だが、たわいもないもんほど行く売れるから不思議だ。
子ども達は光もんが好きダみたいだな。
お手伝いしてくれた中学生ふたり
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寄付してくれている芳名録の立て看板がある。
うちのチームは金5000円也にいる。
その下は3000円もいるからたいしたもんだな
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トップは金50000円だ。
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来年は5000円なんてけちなこといわないで金70000円ぐらいの大盤振る舞いをするぐらいの
トップ取りもいいんでないかいね。
ここの境木権太坂自治会には20年間お世話になってんだからよ。
そのぐらい頑張ってもいいんではないかと思った次第。
長蛇の列が出来る商品でガバガバ売ってカバーすりゃあいいんでないかい。

こうなると、中華街で3年間、露天商をやったオラァの経験が生きてくるかもな。
魚市場の坪ちゃんに相談するだな!。
太一さんにも相談しないとな。
あと363日後だ。
少ししかないずらよ!
by gsfc_aoshima | 2006-07-31 06:08 | 横浜GSFC | Trackback | Comments(0)

横浜港内で7時間も綱取り

7/28 夜、8時頃、昔の会社の同期から電話あり。
「直助よぉ!、明日船の綱取りやってくれんか。11時頃着てもらいたいンだけんどよ」
「ほかにいねえのかよ。オラぁ仕事が忙しくて土曜日も休んでいられねえだ!」
「綱取りだけダでよ」

「綱取りだけ」の一言があだになったのは間違いない。
誰もいないーかわいそうだー頼りにされる−気持がいいかも−ほんの2、3時間だろうし。
結果は、いいわけないよなー18:30まで目一杯手伝う羽目になる。

かつて、オラ達が心血注いで作り上げた、55人乗りの中華レストラン船使っての横浜港内の定期船の男車掌みたいなもんをやることになる。
「海龍」という名の船
水上バスの綱取りとチケットの回収。
航路は大桟橋から日本丸、そして運河パークまでの3カ所を行ったり来たりだ。
休みもほとんどなく、おにぎり2個で一応、受けたからにはやるしかない。
とりあえずカメラは持っているんでパチり
ビヤガーデンと化した「氷川丸」
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お次ははるかかなたにベイブリッジ
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大桟橋には「にっぽんまる」が横付けされている。夕方出港だぞ
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そして、帆船日本丸の周辺の運河の中。ここはのんびりしている。
海面はおだやかだし、まさに異空間だ。
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結局、終わり頃は風も涼やかで気持がよかったものの、気の入れ方が中途半端なため、完全燃焼のお手伝いとはならなんだ。
「明日も手伝ってくれんかいね」
「明日は中学生を連れて試合にいかんといかんし、ちい〜と無理だやぁ。
他の人当ってくれんかいね。」

夜、留守番電話に「8/1の横浜港の花火大会のとき船乗って手伝ってくれんかね」
今度は生ビールの船上ウエーターかよ!
by gsfc_aoshima | 2006-07-30 17:45 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

おふくろがMだったとは

肺ガンと診断されているおふくろには親族以外の知り合いから、いろんな情報が入ってくる。
「あすこの病院の先生はやぶばっかだに」とか「腕がいいだいね」とか「いい機械がはいったようだに」とかだ。
今回もS隷住吉病院に「放射線のあたらしい設備が整えられたんでやったらどうだい」と60代の婆様に84のおふくろが乗せられたらしい。
なんもわかっちゃあいない素人の口車に乗せられて、その気になっちまうおふくろもまあ、どうしようもないが、親身になって話をもってきてくれたとおもっちまうもんなんだな。
藁にもすがる思いなのかよ!

もともとS隷三方原病院にも行っていたわけで、おんなじ系列の違うとこに浮気をしたというわけである。
まず、検査をしてもらった。
そしたら、肺ガンが倍の大きさになっているといわれる。
「放射線当ててくれんかね」
「いままで、どこか病院にかよっていましたかね」
「はい、三方原にです」
「それじゃあ、そっちに行ってくれんかいね。おんなじ機械が今回、はいっているし、私が、三方原にあなたの診断経過表をもらうわけにはいかんのです」

なんのこっちゃあない。
肺ガンは5センチに大きくなっているわ、入院断られたわけでしてね。
弟は付き添いでまる丸一日つぶれるわ、本人には「もう余命3ヶ月は決まりずら」と、またもやぼやかれるは、大騒ぎとなったらしい。

三方原に再度出直す。
検査の結果、
「ガンは大きくなっていません。どこの病院が倍にもなったと云ってるのかね!。1年半前と同じ大きさですよ。抗がん剤治療をすると、髪の毛抜けるわ、食欲なくなるわ、ほんとの病人になっちまうよ。どうするかね」
あんたの病院の系列ずら!とも云えん、おふくろと秀助。
そしたら、云うに事欠いたおふくろの一言
「先生、髪の毛抜けても、飯食えんでも、このしなびて垂れた胸にガンがいることが我慢ならんで、抗がん剤バンバンやってくれんかね」
そこまでやるかと秀助思ったそうだがよ!

てなわけで、オラ達がみると、べつにどっこもわるくなくて、まさにピンピンなんだが、抗がん剤治療を受けるために1ヶ月の入院となったわけである。
どうも、おかしなこんになっちまったが,ご本人が「身内のもんが、真実をわたしに云っていない。そうとうやばいだずら。本当は!」
こう思ってしまっているわけで、困ったもんでしてね。
84にもなって、まだまだやらんといかんことがいっぱいあるという、前向きな気持はおおいに賞賛したいが、そこまでやるかといった感じもする。
なんにも進行していないというこんは、がんも寝ていると云った状態なわけで、「寝た子を起こす』とも限らんと思う。

ただ、本人がなぜか「Mッけ」を出しているのがどうにもこうにも困ったというこんだな。
まあ、挑戦するといってんだから応援するしかないというこんだな。
オラも茂助も秀助も、このおっかさの血を引いているわけで、オラ達もたぶん「M」だな
by gsfc_aoshima | 2006-07-29 06:51 | その他 | Trackback | Comments(0)

日常的ユニクロ着用論

昨日、仕事が清水、浜松とあり、今日も静岡県内をこれから飛び回る。
だから、今朝は実家のパソコンでブログを書いている。

いつもは暖かく迎えてくれる母親がいない。
そう!死んじまったダぁ

違うってば!
2、3日前、病院に入院したのである。
調子に乗っておふくろを殺すとこだった。

昨夜は、浜松で3男の秀助と会う。
おふくろの状況を聞くのと、別な依頼事項もあったからだ。
焼き肉屋に入って飲んだ。
よく考えると、ふたりっきりで酒を外で飲んだのは生まれて初めてだ。
50過ぎてだに!
オラがその事に気付いたのは店から出て、駅への道すがらだ。
そういえば、次男の茂助ともそういうこんはなかったずら。
必ず、そこにはあのおふくろがいたっけ。

おふくろのこんは明日書くとして、今朝は秀助のお話だ。

この秀助、以前にも紹介したが、早稲田狂いで、かつ、そうとう思い込みが激しいというか、乗りがいいというか、オラもびっくりな男である。
おんなじDNAを共有しているンで、似たとこもあるが、この男、ある時突然、女房に三くだり半をつけた。
「早稲田を理解できんおんなとは生活できん」
普通はありえないが、これが原因で離婚するとはよ!

最初はびっくりこいたが、おふくろの一言で親族一同妙に納得した。
「秀助はどッこも悪い事はしていんずら!。早稲田をわかってやらん、あの女が悪い!」
よ〜く考えると、とんでもない話である。
嫁さんも意味もなく捨てられたわけでかわいそうなこんではあるが、おふくろにはだあれも勝てんのである。
また、早稲田卒業生で構成されている浜松稲門会では秀助のこの所行は、「みんなのお手本である。憧れでもアル」と高い評価をうけているらしいのである。
遠州地方ではこの論理が至極当然に受け入れられる土壌があるということか。
ある意味、すばらしいぞ!
捨てられた嫁さんの実家がある九州とは戦争になるかもな。

秀助、独身を謳歌しているんだが、女性との話もあんまり聞かん。
だから、ライフスタイルでも、誰の指図も受けんし、個性を主張できる。
オラが、2、3日前に、「ユニクロは試験的に着てはみた」と書いたのを読んだらしく、自分は「日常的に着ている」との事だった。

その時は、ふうんと聞いていたんだがよ。
ハッと気付いた。
ていうことは、早稲田稲門会のメンバーでもある、ユニクロの会長さんをお慕い申し上げてのことなんだと、おラにはピンと来たンである。
ユニクロを着る事によって、最後は周り回って大学にユニクロから寄付が行くという構図だとは今日の今日まで知らなんだ。

だから、秀助は日常的ユニクロ生活を楽しんでいるというか、大学にサイドからの押上げをしているんだな。
ユニクロを日常的に着る事、購入する事が早稲田カードを使うということと、おんなじ作用があるということだとはよ!
これは相当、奥が深い話だぞ。
オラも「試着してみよう状態」から思いきって日常的に進行させんといかんかな。

だいたい、ユニクロがどんなもんかもわかっていなかった。
「オフクロ近似値ユニクロ」だったんで巣鴨地蔵の商店街から発展した爺婆のあたらしいファッションかと思ったぐらいである。
大変、もうしわけないことを考えていたぞなもし。

いやぁ、いい勉強をさせてもらって、秀助には感謝だいね。
えらい高尚な話だったずら
by gsfc_aoshima | 2006-07-28 08:05 | 高尚な話 | Trackback | Comments(0)

教え子

うちのチーム、ジュニアとJr.ユースの子供達を教えているのはJr.ユースのOB達だ。
教え子が次の世代をコーチするというのが、オラの理想だったんで、この点については十二分に満足している。
それから、トップチームにもOBが大勢いて、チームに貢献してくれている。
こういったのが小さい子にお手本を見せる事がとっても大事なんだな。

しかしながら、親しくなりすぎて、この連中が、オラに変になれなれしいんだな。
これはとっても腹立たしい事で、一応、オラとは師匠と弟子の関係なんで、ある程度の秩序というもんがないといけないと思う。
「親しき仲にも礼儀」だよな。
どんなに年をとった恩師でも、いつまでたっても『先生』だし、サッカーを教えてくれた監督は、もちろん今でも『監督』というべきだ。
もちろん、オラもそういうふうに恩師には対処している。
65と57の師弟でもいまだに高校時代の呼び名がうれしいし、昔のまんまで緊張するのも心地よいのである。
きのうからの連続で、くどいようだが「おじいちゃん」はないだろうが。

おじいちゃんとはいわないが、名字を「さん」づけでいう、あほもいる。
おらはおまえらの先輩でも上司でもない。
お前らを教えてやってた時は『監督』だったんだから、そう呼べばいいんである。

逆に、はなたれ小僧やってたガキが大きくなったからって、おらにはいつまでたっても「はなたれ小僧」なんだから、『はなたれ小僧』と呼んでなにが悪い。
おまえらが大人になったからって「さん」づけでおいらに呼ばれたら気持がわるいだろうに。

まあ、そんなこんなで、長くサッカーやってると、OBが突然連絡してきてうれしい事もある。
Jr.ユースの2期生に吉尾というのがいたんだが、高校入ってからはほとんど音沙汰なかったが、突然メールが来た。
近況報告をしてきてくれた。
いやぁこういうのは、ほんとうれしいだいね。
以来、メールのやり取りをしている。
仕事で少しサッカーに関わる事もしているらしい。
おいらで役に立つ事があったら、協力してやりたいな。

まあ、いろんな教え子がいるんだが、新聞沙汰になるようなのが出ていないというこんで喜んでいいのかな。
最近いろんな事件がある。簡単に理由もなく、衝動的に切れちゃう事件が多すぎる。
物心ついた頃から、中学生までの教育が、どれだけ大事かということだな。
オラ達には教育は出来んが、「人の道」ぐらいは経験則から、多少伝える事は出来るかな。
by gsfc_aoshima | 2006-07-27 07:15 | 横浜GSFC | Trackback | Comments(0)

57になった

昨日はおらの誕生日だうった
ここんとこず〜〜〜〜〜っと今度の誕生日で58かよ、と思っていたんで、57とわかった時には得した気分になっていた。
ていうか、もう、いくつでも構わない年になってきたと思う。
自分はまだ若いと思えば、その通りだし、嘘云ったからってどうちゅうこともない。
ダアレもおらぁの年なんか気にしてないしよ。

だからたずねられたら、その場の気分で年齢を偽ろうと思っている。
年齢を低く云うだけではなく、「63です」ぐらい云ってやろうと思っている。
63ぐらいの人によ!
「世の中にこんな元気な人もいるのかい!
ワシも頑張らんといかんぞ」
元気にさせてやらんとな!

昨夜は誕生日だからといってなにかがあったわけでもない。
いつものように20時には部屋からはみ出んばかりの大画面のTVの前で不覚にも寝ていた。
それも仕事帰りの洋服のままで、朝までだ。
座布団1枚、まくらにして 畳の上で寝ちまっただいね。

だけんど、こんなオラァにもプレゼントをくれる方もいるってことを報告しておきたい。
サッカーボール付きの携帯ストラップだぞ!
100円ショップなんぞには売ってんぞ。
携帯電話屋にも売ってないずら!

銀製品だぞ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
わかったかぁ!

話はかわるが、オラには孫がいる。
今日3歳の誕生日だ。
1日違いなんで、生まれる前に、もし、オラァが亡くなっていたら、「この子は直助の生まれ変わりだよね」とかなんとかいわれていたに違いない。
まして、帝王切開なんで、きっと25日に生んでいたに違いない。
思い込みとはほんとこわいもんがあるだいね。
きっと、この孫の守護霊かなんかにさせられたか、生まれ変わりになっていたことだろう。

この際だから、云っとくけんどよ。
面と向かって「おじいちゃん」とかいうバカもんが5、6人いる。
全員、サッカーの教え子だ。
「ふざけんな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!。
おめえらのじい様と一緒にすんなっ!
きょう3つになる孫だって、おじいちゃんと云っていんぞ!」
『直じ』だ
『じ』しかつけさせていんぞ」
孫でも気を使っているずら。

なにせ、世間のオヤジなんか問題にならンぐらいおいらは気が若いし、体力だってある。
学生時代、合宿での菅平のダボス山ランニングでは4年間一度も負けてんぞ。
早稲田ア式蹴球部の伝説だぞ。
腹筋だってV字足上げで11分だぞ。
それも「もういい!足おろして」
11分がどれだけすごいか、試してみたらいい。
いまでも2分はいけると思う。
3分と云わないとこがほんと謙虚だよな。

もちろん腹は6つに割れていた。
今では2つも見えんけんどよ。

体重だって、この2ヶ月ですでに3キロほどダイエット出来たぞ。
ビキニパンツもオーケーなのに、この長雨では大磯ロングビーチにも行けんじゃんかよ。
とっても残念だ。

とにかく元気なのは間違いない。
おしっこだって、ちびちびなんてことはない。
便器が割れるのではないかといつも心配しているぐらい高圧噴射だぞ。
ボケてもいんぞ。
住所、電話番号云えるぞ。
物忘れがひどいのは、なにも今に始まったこんでもない。
こんなの、若い頃からの日常茶飯事なんで気にしちゃあいん!

着るもんだって、20代から30代前半はVAN.
30代後半から40代はメンズニコル
50代はユニクロなんぞも試験的に、着てはみた。

なにを云いたいかって?
「けっこうもてたし、いまでももてると、いいたいだけずらよ!
ジャンジャン!」
by gsfc_aoshima | 2006-07-26 07:29 | 恥ずかしながら直助 | Trackback | Comments(2)

李園でぱくつく

みなとみらいサッカーパークからの帰り道、ていうか寄り道して、おなじみ「李園」にいく。
元町から本牧に行く通り、トンネルを抜けて、信号7つ目の左側、赤い看板の小さな店だ。
クルマは夜なら通りの路上でも大丈夫だと思う。

教え子たちと4人でいく。
Jr.ユース監督の竜太、ジュニア6年コーチの太一、そして法政現役1年の嵩太と。
李園はあいかわらずこんでいるが、運良くテーブルが空く。

おいしそうには撮れていないが、とりあえずご紹介
もちろん、「蒸し鶏」だ
いくらでもおなかにはいる。絶品だ
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次は「エビ、いか、アスパラ炒め」
これもいけるぞ。
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「モツねぎピリ辛炒め」
おらの一押しだ
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お次は「えびはるまき」新メニューだ。
「めちゃんこプリンプリンですよ」と太一がのたまう
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そして、定番の「トマトタンメン」「岩のりタンメン」と続く。
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食べ始めたら、写真も撮るのも忘れ、一同がっつく。
これを食べたら、他のチャーハンは食べられないと云う「パイコウチャーハン」
「チャーシュー冷やし中華」もオーダー
そして、冷やし中華を平らげた嵩太が別腹でまだいけるということなんで、さいごに
「エビ入チャーハン」を食べる。
オラは満腹だったが、嵩太なんぞは頼めばまだいけるような感じだったが、ほどほどにしとかないと際限がない。
若い時って、食べたはなから、消化するんで、いくらもたべられるのである。

ひたすら食べたので、30分ほどで店を出る。
この店は、ゆったり食べるという雰囲気はなく、料理が出たら、おしゃべりする間もなく、食べないといけない。
10皿食べた。
お値段もおてごろで8000円。
もちろん、ビールも紹興酒も飲んでいない。
ひたすらたべるためである。

思い出すとまた行きたくなるなるだいね!
by gsfc_aoshima | 2006-07-25 06:49 | どうでもいい話 | Trackback | Comments(3)

みなとみらいサッカーパーク

横浜みなとみらいにマリノスがグランドをつくる。
もうじきオープンになる。
マリノスタウンとしてかっこうの観光スポットになるかも。

そしてそのわきに、ワールドカップの記念事業としてのサッカーパークが今日からオープンする。
昨夜はその、先駆けとして、グランドを使わしてもらった。
オラは仕事があって、会場に着いたのが終り5分前。
カメラもバカチョンできれいにはとれないが一応。
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グランドも、施設も、そして交通の便もなんもいうことはない。
満点だ。
でもオラ達みたいなジュニアやJr.ユースではもう使う事はないかも。
日曜日は1面借りると、4万円/1時間だそうで、相手チームとカネだしあってもチィ〜と無理だいね!
オープン前にはやれたが、最初で最後のグランド使用になるとは、どう云ってよいやら。

とはいえ、社会人のチームなんかにはクルマで来るのも便利だし、みんなでおカネだしあっての使用なら、なんとかなるのかもな。
恰好のデートスポットになるな。
ないよりはあったほうがいいぐらいのことかぁ。

もっと不便でもいいんで、安く借りられる小中学生専用サッカータウンを作っていただけたらと思うんですが。
中田市長様
by gsfc_aoshima | 2006-07-24 06:30 | その他 | Trackback | Comments(0)

どこまで続く長雨ぞ

日本全国ぬかるみだらけ。
梅雨終らず、さらにはげしくつづきそうな毎日で、寒くなったり、暑くなったり、ほんとからだに良くない毎日だ。
だから、いまだにぜんそく気味でごほごほやっている。
風邪ッピキの症状はないのだが、本調子ではないのが困る。

夏休みだというのに、各地は洪水で、海水浴どころではないし、プールなんてお客さんこなくて
困ってんだろうな。

地域恒例の盆踊り大会もこれでは開催無理だし、これに命をかけている婆様もいるわけで、罪作りな長雨だぞ。
年に何回あるかもしれん晴れの舞台での盆踊り。
ピンクまじりの浴衣姿の婆様だっているわけで、じい様からの熱い視線だって受けたいだろうによ!
そして、婆様のピンクの口紅だぞ。濡れて光る口紅だぞ。
金歯なんかちらっと見せてからには、殿方、目からうろこがおちるぞ!
ボンオドリクラブも毎年浴衣をつくるようだが、そのなかに必ずひとりは当日、違う浴衣で来ちゃう婆様なんぞもいるんだろうな。
わざと間違えちゃう目立ちたがり屋はかならずいるな。

もろ肌脱いで太鼓叩くじい様だってカッコいい事うけあいだ。 
背中の唐獅子牡丹も、しなびたシーサーになっちまってはいるがよ
まさにウオーターボーイならぬ、「ボンオドリバァーバ」のドラマがあるっていうのによ!

夏の高校野球県予選も雨で試合が消化出来ないし、サッカーだって、高校選手権が昨日から始まったと云うのに、この悪コンディションでは最後の試合になるだろう3年生にはちぃ〜とばっかしかわいそうだよな。

青春の1ページの結末がどろんこで、シュート打ってもがらあきのゴール前で止まっちまうなんて悲劇も今日は生まれそうだな。
どう考えても日本中でいろんなことに影響する天候不順だぞ。
このままいくと、夏はこないかも!

今日、17時からJr.ユースはみなとみらいスポーツパークの人工芝グランドのこけら落としで試合をする。
横浜サッカー協会から、お声をかけていただいたんだが、感謝ずら。
こちらは雨でも関係ないんで予定が組める。
これからは人工芝のグランドが増えるんだろうな。
大学のサッカーグランドはほんと人工芝が増えた。
高校、中学も人工芝に変わっていったらと思うんだが。
by gsfc_aoshima | 2006-07-23 07:09 | どうでもいい話 | Trackback | Comments(0)

保土ヶ谷大会Lの部始まる

先週から保土ヶ谷大会のL(5、6年生)の部が始まっている。
本年は保土ヶ谷区の少年サッカーの育成会が出来て、20年の節目に当るんで、Lはそれを記念して、総当たり制になった。
11チームがいるわけでそれだけでも10試合だから、幹事チームはそりゃあ大変なわけである。 
今年度は帷子FCさんが、その任に当たっている。
とってもごくろうさまだし、感謝しないといけないな。

先週はあすなろ大会とかぶっていたんんで、見る事は出来なかったが、今日の常盤公園での試合は観戦することが出来た。
先週はやくも2連敗で、今日はどうしても負けられないゲームだった。

結果はGSF1-O桜ヶ丘  得点櫻井1、 GSF5−0オフサイド   得点古江1、櫻井2 、浜田1、川森田1

第1試合はとっても緊張感ある、いいゲームだった。
堤を中心にしたDF陣は、押しあげもよく、高い位置でつぶしていたと思う。
堤のポジショニングがとってもよかったし、みんな頑張っていたわけで、最後に櫻井のドカンと云うシュートを呼び込んだと思う。

第2試合はFWのちびっ子5年生、古江と浜田がのびのびとしたサッカーをやってくれていた。
このふたりのがんばりに尽きると思うし、2試合とも無得点で押さえたDFも立派だった。

20周年を記念しての優勝旗がAスポーツ店から寄贈されるそうでまだまだあきらめないで頑張るずら!
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by gsfc_aoshima | 2006-07-22 17:24 | ジュニア | Trackback | Comments(0)