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あたまがかたくてガンかもな!

富士から浜松へ、そして磐田へ。
磐田に来るとほっとする。
なぜって?
そりゃあ、人が少なくて静かだからだ。
時間がゆっくり動いているように感じる。

夕方着いたが、若い人はいなくて年寄りがゆっくり歩いているから
よけいに感じるかもな。
まあ、自分の生まれたところだからよけい感じるかもな。

実家には、お袋がいる。
熱が夕方になると出るという。
肺炎だそうだ。

「入院せんといかんら!」
「肺がんだからもう長くないだで」
「肺がんと肺炎は違うし、たとえ肺がんでもまず肺炎直さんと」
「もうだめずらよ!」
「だめでもいいから、肺炎直した方がええだよ」
「先生はいいひとだで、何とかしたいけんど、もう歳だでね」
「まだ82じゃんかよ。天龍のおばさんはまだ生きてるかね」
「あんたぁ、まだねえさん生きてるだい!93ずら、元気だよ」
「おいおい!まだまだ、おっかさもあと10年もオーケーじゃんかよ」
「ダメだよ!ガンだで」
「茂助が言うには、末期癌でもなんでもなくてなくて、どうちゅうことないらしいじゃんかよ」
「だけどだめだよ。ガンは3cmだったけど2cmみたいだがよ。てのほどこしようがないといわれただいね」
「それって小さくなってるジャンかよ。手術するとか、抗癌剤を打つとかせんでもいいということじゃなあないかい」
「だけど長くはないだよ」
「よくわからんなあ?」

茂助に聞く
「おふくろのガンはあかんのかい」
「そうじゃなあないだよ。べつにがんが大きくなってるわけでもなく、このまま、なんもせんでも大丈夫みたいだよ。いくら末期でもないと言っても信用せんからまいるだいね!。近所の人には、あと3ヶ月とかいってるンだけンど、もう、3ヶ月過ぎてもピンピンだもんね。
このままいくと、まだ生きてるズらと言われかねん!」

まあ、元気なことはいいこんだ!
肺炎でもピンピンだからびっくりだ。
入院してもらいたい。

ヤマザキが浜松から来たんで、お袋、茂助夫婦の五人で夕食を共にする。
途中、横浜の荒井サンに電話して、双方電話で紹介する。
このふたり、ドイツの前回大会ではミュンヘンのビアホールで騒いだらしく、すぐさま意気投合していた。
荒井サンは「都の西北」をテーブルに上がって唄ったとの事。

前回大会のドイツに行った日本人はそうざらにはいないとおもうし、
年期の入った、あほですな。ふたりとも!
by gsfc_aoshima | 2006-05-30 23:20 | 恥ずかしながら直助 | Trackback | Comments(0)

いそがしい!

今朝も、東海1号で静岡へ!
静岡で午前中用事を済ませる。
あの女性ばかりの弁護士事務所。
なかなかいいよな。

午後は焼津へ。
途中、さかなセンターで昼食
たいして、うまくはなかったぞ。
まぐろの角煮をお土産。
とって返して、また静岡。
3カ所で用事を済ませて
新幹線に乗って小田原まで。
途中、本屋に寄って、
『「体を温める」と病気は必ず治る』という本を購入。

車中で読む。
まあ、なかなか面白い事を書いてるので、明日から
実践してみようかな。

各駅で平塚まで。
駅改札で、会社の女性と待ち合わせして資料をもらう。
30分ほど関係者と打ち合わせして、横浜へ戻る。
とりあえず、事務所に行き、明日の資料をたずさえて自宅だ。
今日は携帯を忘れて出かけたために、ものすごい数が入っていた。
ないほうがすっきりするぞ。

夜は柳原さんの「ガンとの記録」みたいな番組を見る。
NHKのワールドカップのサッカー番組も見ずにだ。
これは録画しているんでいつでも見れる。

明日も同じく東海1号で富士まで行く。
通勤みたいになってきた。
明後日は浜松なんで、もはや、磐田の実家泊りだ。
おふくろは喜んでくれるかな。
山崎にでも会って、一杯飲んでからに、ドイツの予定を聞く事にするか。

世間では定年まじかだと、仕事も忙しくないというのに、こんなに飛び回って仕事しちゃってる。
ぜんぜん疲れないけんど、どうなってんだろうな。
自分の体ながら不思議だ。
まさに、母に感謝だな!
by gsfc_aoshima | 2006-05-29 23:56 | どうでもいい話 | Trackback | Comments(0)

サッカーマガジン

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これは1967年、そういまから40年ほど前に発行されたサッカーマガジンである。
サッカーマガジンが最初に発行されたのが1966年8月号が創刊号で、これは第8号だ。
年代で言うと昭和42年2月ごろの発刊だと思われる。
この時、オラは高校2年生でサッカーに命を捧げていた頃でもある。
だから、サッカーマガジンこそが世界のサッッカーに通じる雑誌だったと思って、紙に穴の空くほど読んだものである。
学校の通信簿なんぞは、いまどこにあるか、それこそ、実家のどこかにあるんだろうが、このサッカーマガジンだけは、後生大事に手元に持ってきてあった。
30年ほど前から、オラの手元にある。
ひさしぶりに書棚の奥のほうから引っ張りだしてみた。

この表紙は早稲田が正月の天皇杯で優勝したときのもので、当時1年の野田義一さんがヘッディングシュートを決めた場面である。
学生が天皇杯をとった最後のときでもある。
たしか、TVでも見た記憶があるんだがよ。
定かではない。
野田さんが4年になった時、オラが1年生でいろいろお世話になったな。
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そう、この時の主将が森さんで、2番目が名相銀に行った松永忠さん(この前亡くなられたが)
3番目が釜本さん、そして大野毅さんだ。
大野さんは早稲田クラブで中学生を現在教えているが、60歳以上のサッカー選手としては、たぶん、日本No1ではなかろうか。
今はアシックスになったが当時はオニツカといわれていたな
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釜本さんのシュートはほんとかっこがいいだいね。
タックル行こうがどうしようが、どうにも止められないし、すでにこの時、日本の不動のエースなんだから、高原、柳沢なんぞは釜本さんに比べたら、ものが違う。
いやはや、なつかしい写真ずら。
最後はこれをご紹介。
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この年の高校選手権の決勝で、当時は西宮球技場で開催されたいた。
無敵の藤枝東が秋田商業と引き分けて、両者優勝の記事である。
藤枝東はこれで3冠をとったわけだが、勝って当たり前の状況なんで、あんまり元気がないように見えるな。
なつかしい顔が見えるよな。
主将の松永章(ジャンガー)さん以下、そうそうたる面々だ。
こんなに凄いチームはあとにもさきにもこの40年間ないずらよ。
井沢、三浦、桑原、沼野、山崎、岡村、松永諭以下もはや戦国大名みたいだぞ。
松永あんにゃと、山さんは大学でいっしょにやったし、沼野さんは今、オラと一緒に仕事させていただいている。
ありがたいこんだいね!
白黒でユニホームの色がわからないのは残念だが、この藤色を見ただけで、相手は戦意喪失していたもんな。
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山さんとドリブルで競り合っているのは秋商の平沢周作さんだ。
高校でてから日立に行って、全日本までなるんだが、この人がいたおかげでサッカー選手としてのオラがあるといってもよいかもしれない。
大学3年の時、抜擢されて、日立との試合に出た時、当時日本代表でバリバリの平沢さんをワンマークして、仕事をさせなかったのがその後のオラにとっては何事にも変えがたいもんになったずら。
まあ、とにかく、藤枝東はすごすぎた。

まだまだいっぱいあるんだが、今日はこのへんで!
ほんと記事には事欠かん!
次は当時のスライディングタックルの写真でも紹介するか。
今見ると、情け無用のすごさずら!
by gsfc_aoshima | 2006-05-28 23:07 | 日本のサッカー | Trackback | Comments(1)

新人歓迎会

5月7日は早稲田ア式蹴球部の新人歓迎会があった。
ア式とはアホ式という意味ではない。
アソシエーション=団体という意味らしい。

毎年、顔を出すOBはほとんど決まっており、オラも着実に上の方になっているのだが、その上の諸先輩がごろごろいるんで、どちらかというと55を過ぎていても若いほうである。
絶対的に、50以下が少ないのである。
若いのはごろごろいるんだが、出てこない。
理由はいろいろあるんだろうが、まあ忙しいというのと、あんまり楽しくないという事かな。
オラは比較的参加しているほうだけんど、40前はほとんどでたことがなかっただいね。

昨年は女子が学生日本一になった。
最初、女子部ができた時、どうなるもんかいとおもったが、まあ見事なものでしてね。
みんな、うまいんだな。
くやしいけんどよ!
ことしもいい選手が入ってきたみたいで楽しみでもある。
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男子も昨年は徳永主将を先頭にこちらも1部に昇格したんで、大榎監督のあいさつもなかなかのもんだった。
鬼武さんもOB会の会長なんだが、まだこの時はチェアマン昇格の話もでず、オラとも個人的にちょこっと話をした。
「GSFはJリーグを目指します」と言ったら、喜んでくれた。
「おお、そりゃあいいことだな、がんばれよ!」
もっと詳しく説明するべきだったかな。
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今年の男子は25名の入部だそうで、すでにリーグ戦に出ているのもいるんで、楽しみでもある。

男子1年生と早稲田クラブとの試合では、前橋育英から来た反町がFKでものすごいシュートを決めてくれた。
早さといい、コースといい、最近みたことないようなものすごいシュートだった。
反町と話したとき、「法政に行った笠原はオラのチームの出身だよ」といったら。
「あっ!GSファイターズですか」と答えた。
ちょっとうれしくなった。

それにしても、部員だけでも女子をあわせると、軽く100を越す。
毎年、食いもんだけはろくになくあっという間になくなる。
現役はジュースで、OBは発泡酒。
質素なもんである。
オラが入部した時にも新人歓迎会はあったな。
グランド横での催しは今も変わらず、まあいいこんだなと思う。
学生のひとりひとりのあいさつも新鮮でいいよな。
毎年、人は変わっても言うことは同じだけんどよ。

3年の兵藤に食いもん送ってやると云って忘れていたのを思い出す。
永楽製麺のラーメンでも送ってやろう。

今は、サッカーだけでなく学生の本分である勉学もきちっとやりなさいと言う挨拶が多い。
オラが入学した昭和44年頃は学生運動華やかりし頃で、試験の頃になると学校がロックアウトになっていた。
だから、4年間ほとんどレポート提出だけだった。
勉強した記憶がない。
サッカーやりに大学入ったようなもんである。
もちろん、勉強する気もなかったがよ!

昨年の歓迎会には川淵キャプテンが来られた。
その時のあいさつで、「学生諸君には、どうぞこの4年間で英語がはなせるようになれ」
こんな事をおっしゃっていたと思う。
忘れんなよな。2年生!
by gsfc_aoshima | 2006-05-27 22:54 | ワセダ | Trackback | Comments(1)

そんなにドイツに行きたいのかよ

九州地方で梅雨入りのところがでてきたそうだ。
晴れたと思ったら、一日しか持たない。
今年はちぃ〜とばっかしおかしいぞ。
このまま、梅雨に入るとなると、野菜は日照不足で高騰しそうだな。

ここんとこ、会う人会う人がドイツに行くと云っている。
今日はしごとで午前中、ともえさんに会う。
「サッカージャーナリストの荒井さんやら、山崎というもんからドロコさんまで、ドイツに行くんだけんど、ともえさんはいつから行くの?」
「9日から20日までブレーメンを拠点に行ってきます。荒井さんってサッカーダイジェストにいろいろ書いてたおじいさんですよね」
「そうだよ、変な爺さんだけんど、頑固も付くけど、一度泊ってるホテルに連絡してあげて」
「わかりました」

ともえさんとは新宿で分かれて新橋のサッカー部の先輩と会う。
渡辺さんと云って釜本さんの同級生である。
渡辺先輩の会社に行くと元ヴェルディの副社長だった河野さんがいらっしゃった。
昼からステーキをごちそうになる。
うますぎて下痢しそうだぞ。
昔から、オラぁはいい肉を食らうと一発で確実に下痢していた。
だから、安いスジばかりの肉しか食べられないのである。

決してカネを惜しんで高い肉を食べないのではなく、高い肉が体質的にうけつけないのである。
甚だ残念だが、からだに合わんもんは仕方がない。
今日は、先輩がいくらでも食えよと云ってくれたんだが、ピーピーになるのがいやなんで、
「そんなに食べれませんので、皆様と同じ量でお願いします」

食事中、ドイツの話になる。
「向こうで会いますか」「そうしようか」
「ガマも鬼武さんもみんなして、飲みますか」
「キャプテンも呼ぶかぁ」

「直助お前はいつから行くんだ」
「わたし、チケットが抽選で外れたんで行くのやめました。
「云ってくれりゃあ、いっぱいあるのによ。
まだあるはずだぞ。」
「はぁ、それって高い奴ですよね」
「ちょっと高いかもしれんがよ。あることにはあるぞ」
「一応ダメと分かった時点で、TVとハイビジョンレコーダーを買いまして、そちらで見る事にしてます。いまいち録画の仕方が全く分からなくてこまっておりますが」
「TVもいいけんど、やっぱり行かんと話にならんぞ」
「一応、4年前に決勝タダで見させてもらっているんで、タダ券でもあれば行きたいですが」

ひとり蚊帳の外だった。
やっぱり、TVじゃあ限界があるもんな。
鳥肌たたんもんな!

夜、荒井さんからも電話有り。
「ともえさんたちと会ってきて楽しくやってください。」
そしたら、ポチ君までもオラんブログを見てからに、「僕も行きます」
「僕も行きます」だとぉ!
ドイツまで行ってパブリックビューイングかよ。

おうおう、上等じゃあないかよぉ。
ドイツもこいつも「ドイツに行きます。とりあえず!」
行ってくれるじゃんかよ!
いや、云ってくれるじゃんかよ
勝手にみんなして行ってこいよ!
ドイツがなんぼのもんじゃい!

オラをさかなにミュンヘンで大宴会やって来てくれよ。
おいしくもないドイツ料理でも食べてこいよ。
1日で日本の和食が食べたくなるぞ。
食えるのはソーセージだけだけんど、朝から晩までソーセージでもないべさ。
ポテトとソーセージじゃあどうしようもないずら。
それから、チーズ料理なんぞは食えたもんじゃなあないずらよ。
行かんほうがいいぞぉ!
からだ壊すぞ、まずくてよ。

ハマの李園の蒸し鳥食べた日にゃあ、日本を離れられんのである。
からだに合わない肉ばかりのドイツなんぞに行けたもんじゃあない。
それから、どんよりした、ドイツの空も気に入らない。
イタリアの青い空がオラには似合うのである。

4年後の南アフリカのほうが、オラには似つかわしいと思っている。
アフリカの大地のほうがなんぼかいいぞ。
喜望峰を見にいこうじゃあないの!
オラはすでに4年先を見据えているのである。
by gsfc_aoshima | 2006-05-26 23:35 | どうでもいい話 | Trackback | Comments(2)

なかなか大変だぁ!

自分ごとで申し訳ないけんど、路上走行試験2回目を受けた。
5キロの路上走行が終って、試験場に戻って、それまでの減点が30以内だと、試験場のコースでクルマの入れ替えを1回する。
これがまあ、合格の明かしにもなる。

もちろん本日のオラはこの入れ替えまでいけるぞ。
がぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、クルマはもと来た所で停車じゃんかよ。
まただめかい!
どこが悪かっただいね?

試験官のお言葉
「直助さん、このコースはず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと30キロだよ。
あんた、何キロで走っていた?」
「30キロですが」
「40以上でていたじゃんかよ!」
「はぁ〜?」
がび〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!
「それから。左折する時、左折側に寄せないといけんぞ。大回り過ぎる。
下りではポンピングじゃあなくてシフトダウンしなさいよ」
「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、ハイ」
とどめは
「まだまだだよ」

それが40年近く、まあ多少違反はしたことあるけんど、なんぼか車産業に貢献してきた男に云う言葉かよ!
そりゃあ、おまわりさんはえらいよ!
駐在さんは地域のみんなの憧れだったよ。昔はよ!
何だ、その言い草はぁ!

そういう事なら、こうなったら、免許なんぞはいらねえ。
クルマ免許なんぞなくたって、生活出来るしよ。
疲れを知らない両足もある。
電車もあるし、バスもあるし、タクシーだって大いばりでふんぞり返って乗れるぞ!
新幹線やら、とりわけ特急東海なんぞは常連だぞ。
オラが乗り込むと、
車掌が「直助様、毎度ごひいきたまわりましてありがとうございます。
今回のご旅行はまた、静岡でございますか。
エっ!静岡乗り換え焼津まで!、新しい愛人5号様が出来ましたのですか?
まったく直助様はお元気でございますですね、イッヒヒヒ!」

もうすぐこのぐらいの挨拶をしてくれる車掌も出てくるかもしれんぐらい乗ってるぞ。
上等じゃあないか。
もう免許はイラネェ
やめたやめたぁ!




そのときはそう思った。
だけんどよぉ!

オラがクルマ出しせんと、選手を乗せてグランドに行かれない。
みんなに迷惑かけているからなあ。
オラはタクシーやらハイヤーでもいいけんど、全員そうするわけにもいかんしよ

ここはぐ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと我慢かよ!
次回は6月6日、
こんどは大丈夫ずら。
2回も学習したんだからよ
by gsfc_aoshima | 2006-05-25 22:10 | 恥ずかしながら直助 | Trackback | Comments(0)

鬼武先輩

鬼武先輩がJリーグチェアマンに内定だそうで、どうでもいいこんだが、オラ的には知り合いでもあるし、いい人だし、よかったと思っている。
関西人なんだが、どちらかというと江戸っ子みたいな人だ。
川淵キャプテンとも性格的に似ているが、キャプテンは偉くなりすぎてしまった。
キャプテンをもうちょっとやさしくした感じかな。
話しやすいし、耳を謙虚に傾けてくれる人でもある。

浦和レッズの社長には藤口さんが決まったみたいだし、これもまあ、うれしいこんだいね。
大学は違うけんど、同期だ。
OB戦でもよくご一緒してるし、頑張ったよな。
ジェフの淀川社長はこちらは正真正銘の大学4年間一緒に汗流した仲間だし、知り合いが頑張ってる姿をみることは、オラァにもとってもいいことなんである。

負けられないずら!
鬼武さんには挨拶行かずばナンネェズラ!
「J」を目指すもんとしてはよ
by gsfc_aoshima | 2006-05-24 23:08 | 日本のサッカー | Trackback | Comments(2)

主役のモナリザは?

ダヴィンチコードを見に行った。
云っちまっていいかどうかしんないが、原作読んでないとなにがなんだかよくわからんかもしれん。
オラは原作ガッチし読んでるから、流れはびしッと押さえてる。

だけんど、本の表紙しか見てない人には、「モナリザは?」
モナリザのひび割れた顔のなかに、なにかのコード番号が隠されているのか?
そう思うよなあ!

映画が終って劇場から続くエスカレータに乗っている若いアベックの会話を聞いた。
「主役はモナリザだと思ったんだけれど、」
「画面がづ〜〜〜〜〜〜〜〜ッと暗くてよくわからん』
「ワンカットだけだったよ!モナリザさん!」

実際、ルーブルのモナリザは小さい。
今はどうか知らないが、30年以上前、見たときは大きな部屋の真ん中に、立った1枚飾ってあった。
見逃す小ささだ。
ええ?これがモナリザ?

原作を2時間半の中でまとめるのはそりゃあ大変なんだけんど、オラ的には答えが分かっているんで、あんまり感動もなく、もっと原作を大きく変える結末にしてもらいたかったな。
モナリザのひび割れた顔の中にあるコード番号をつきとめるようにしてもらいたいじゃん!
本屋で表紙だけ見ている人にはよ。

まあ、映像でいろんな場面が確認出来たんで「良し」とするか!
でも先々週見た「プロデユーサー」のほうがオラ的には格段にいい。
by gsfc_aoshima | 2006-05-23 23:06 | どうでもいい話 | Trackback | Comments(0)

ほかにもドイツに行く人がいる

知り合いの3人がドイツにいくと書いたら、うちのコーチの荒井義行さんから「わしもドイツに行くの忘れてないかい」という連絡が入る。
そうだぁ忘れていた。
それから、顧問の森孝慈さんも行くでねえかい。
荒井さんは日本戦のチケットしか持ってないとの事。
生意気じゃあないかい!
他の試合は現地で調達するらしい。
まあ、これはなんとかなるな。
けっこう安く見れるはずだな。

この5人のうち、森さんと荒井さんは顔見知りだ。
どろこさんんと山崎は一度会っている。
だけんど、森さんも荒井さんも面識がない。
ともえさんに至っては誰とも面識がない。
でも全員、オラとは面識がある。
でもオラぁはドイツに行かない。

でも、この人達に連絡して向こうで会えるようにアレンジする事は出来るぞ。
ちょっと楽しいじゃあないかい!
なんかドイツに行く気持になるよな。
山崎の泊るホテルを聞こうじゃあないかい。
アレンジアレンジだ。

荒井さんからは一人旅なんでだれかと向こうで会うのもいいなとの事。
アレンジしますよ!。
さっそく、泊るホテルのファックスが来る。
そしたらこれをみんなに流せばいいジャンかよ。

せいぜい、みんなで楽しんでもらいましょうよ。
オラはTVで楽しみだ。
そのTVがやってきた。
きれいだぞ。
ハイビジョンレコーダーも一緒だぞ。
だけんど、まだ、操作の仕方がよくわからんし、スカパーとスカパ−100の区別もつかん。
スカパーが見れなくなっちまって、スカパー100がお試し期間で無料だといってるんだが、なんだかよくわからないのである。
オラの申し込んでいる、セレクションセットとかいうのは見れないのかい!

HDDに録画出来てDVDに落とせばいいというのは分かるのだが、RとかRWとかRAMとかあってヨドバシカメラで購入したくてもどれ買っていいかわかりません。
店員の方に勇気がなくて質問も出来ん。
「えぇ?そんなこともわからんのですか」云われそうだしよ。

1回しかコピー出来ないらしいけんど、コピーしたらHDD内のものはなくなっちまうとか、訳分からん。
失敗したら、元の奴は復活出来ないのかよ。
ビデオ付きの奴なんだが、録画したDVDをVHSのテープにダビングはできるのか?

とにかく、よくわからないのである。
何せ、全試合を録画したいと思っているんでよ。
だからといって、録画した奴を全部見るかと云われれば、まあ見ないずらよ。
録画してあるということが大事なんである。
「おう!全部あるだいね」といえることがうれしいじゃんね。
もう、ただのサッカーばかなんだけんどよ。

木村和司さんとこの事務所の大松さんに会う
和司さんもドイツにNHKの解説でいくとの事。
和司さんのとこにはなぜか、ブラジル戦のチケット余ってるらしい。
オラは絶対行かんよ。TVで観戦に決めたから。
by gsfc_aoshima | 2006-05-22 23:10 | どうでもいい話 | Trackback | Comments(3)

夢はでっかく吹き捲くる

Jr.ユース以下のコーチ会議を招集する。
年度始めにしないといけないのだがなかなか考えがまとまらず、今日まできてしまう。

いろいろあるんだが、とりあえずオラの考えだけをここに掲載する。

※横浜GSFC沿革
 1987.10 4種GSファイターズとして境木、権太坂自治会の地域スポー     ツ活動として発足する。
 1993.4  3種GSファイターズJr.ユースを発足
 2004.4  チーム名を横浜GSFCとする。
       1種コブラFCを横浜GSFCコブラとして発足
 2004.4 キッズ発足、県幼児委員会に登録
 本年、発足以来20周年を迎える。

※これからの20年の横浜GSFCの行動理念
 本クラブはスポーツを通じ、地域社会及び、青少年の育成に貢献する。
 本クラブはサッカーを中心としたスポーツを通じ、フェアプレーの精神を養う。
 本クラブはサッカーを中心としたスポーツを通じ、友達との交流の輪が広がる事を目指 す。
 本クラブは卒業生が青少年を育成出来る環境作りを目指す。
 本クラブは横浜GSFCの発展と、日本サッカーの向上、普及を目指し、併せて会員相互 の親睦をはかる。
 

※目標設定
 ジュニア
  具体的な数値を掲げて、練習に取り組む
  基本技術の習得ーボールコントロール
  週末の練習、試合が待ち遠しい環境作り
  スタッフの充実ーヘッドコーチを招聘

 Jr.ユース
  具体的な数値を掲げて、練習に取り組む
  基本技術の習得
  県大会ベスト8を2年後に目指す

 トップ
  2006年度県1部昇格
  2007年度関東リーグ2部昇格
  2010年度関東リーグ1部昇格
  2012年度JFL昇格
  2020年度J2昇格
  2025年度J1昇格
  サポート体制の充実(後援会組織、スポンサーの確保)
 2年以内にNPO法人化、本年度はNPO策定委員会を発足させる


もう、紙に書いたからにはなにがなんでもこれからの20年は目標設定できた。
やるしかないべ!
目標は高けりゃあ高いほどいいだんべ。
楽しいよなあ!
地域のクラブだって目指すものがないと陳腐化する。
みんなぁ、お付き合いよろしくね!
by gsfc_aoshima | 2006-05-21 23:04 | 横浜GSFC | Trackback | Comments(0)