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久しぶりの再会

市長旗杯はみんなの応援もかなわず完敗した。選手のご父兄だけでなく、いろんな仲間が応援してくれた。小学生も来てくれた。感謝である。
試合内容は後日の観戦記で書こうと思っているが,点差はあったが(1−6)白熱した,いい試合だったと思う。
要は,横浜FC泉が打ったシュートがことごとく入って,GSが絶対いれるべきところを入れなかった差が点に表れている。最後まであきらめず攻めたのは次に繋がるし,今度やったらこっちが勝てるかもしれない。たまたまやられたのである。それだけに残念であった。

試合が終わったと同時に沼津に仕事で向かう。雨の中なのでスピードを出せないのだが、「くそ〜」とおもうとついついアクセルを吹かしてしまう。あぶないあぶない。

仕事終了後、沼津インター近くの「万葉の湯」に入館して、すっきりする。やっとふっきれた。

夜、下関から上京してきた後輩の大森君と飲む。彼は加藤久が大学の先生をしていた時,助手をしていた。今、東亜大学の先生をしながら、大学の監督もしている。
GSJr.ユースの発足時に2年間、コーチをお願いし毎週、大泉から駆けつけてくれていた。
彼の結婚式以来だから1年ぶりの再会だ。
1期生の竜太と太一(ふたりともコーチをしてくれている)も呼んで東戸塚で痛飲。やっぱり今日の試合の話をぶり返す。吹っ切れてねえなあ。
飲んでる最中にも高校生から選手権の結果の報告有り。サッカー三昧である。
なお、お店はとり吉、焼き鳥もうまいが店員のお嬢さん達の応対よく,かわいい子多し、行く価値有り
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by gsfc_aoshima | 2004-10-31 05:53 | 横浜GSFC | Trackback | Comments(0)

なかなか大変だぁ

ことしの国際ちびっ子は結局1試合も見ずに終わりそうである。今朝もLクラスが最後の2試合があざみ野でおこなわれるが、Jr.ユースとまたまたかぶっているので行かれない。

今季は春がんばったおかげで、L、LLとも1部リーグでの戦いだったので成績は今ひとつだったのだけれど,コーチのみなさんの顔が明るいのが救いかな。子供達もこれをきっかけに、大きくなってくれたらいい。
11月になれば、小田原招待やら保土ヶ谷区の双葉大会やらと繋がって行く。
小田原招待は前年横浜のチームが優勝したらしくカップの返還もあるようだし、けっこうなプレッシャーがある。これは死ぬ気でやらんと、ちょっと恥ずかしい事にもなるんで、頑張ってほしいな。そうそう小田原サッカー協会の会長,杉本さんは大学の先輩だから、お会いしてご挨拶しないと

今日は11時から三ツ沢陸上競技場でJr.ユースの市長旗杯準々決勝、横浜FC泉戦がある。このグランドで試合するのは,今6年コーチの石原太一が6年生の時,国際ちびっ子1部リーグの3位決定戦をして以来なので12年ぶりになる。
 御園FCとの試合でほんとにいいサッカーをして完勝したげんのいいグランドである。
芝の状態もいいようなので思い切った試合をしてくれたらそこそこやれると思っている。
  やるしかないずら!
by gsfc_aoshima | 2004-10-30 08:12 | 横浜GSFC | Trackback | Comments(0)

工藤みさよさん

大学同期の工藤大幸のお母さんが亡くなられた。90歳になられていて、自然に亡くなられたようだ。身内でのお葬式を済まされたようで大学関係者やクラブ関係者は知らされていなかった。
ご主人はベルリンオリンピックのコーチでもあり、長く早稲田の監督をされていたキング工藤である。キングは一生涯ほとんどサッカー一筋でほとんど仕事をしていないが奥様が薬剤師の免許を取得し,家計を支えていた。ついこの前まで薬局でお客さんに応対していた姿が目に浮かぶ。お店はグランドのそばにあり,キングは毎日,グランドに行く際,西武線の線路の石をポケットに入れて、グランドに行き、たらたらやってる選手に投げつけていた。
僕が3年まで存命だったが、よたよたはしていたが眼光鋭く、まじ怖かったずら。

みさよさんは、「日本サッカーの母」みたいな方で、この夫に、よくこんな奥様がいうぐらいのかたであった。現在の協会の偉いさんはほとんどお世話になっているはずだ。
同期のおかあさんでもあるので卒業してからもよく遊びに行っていたのだが、いつも笑みを絶やさない仏様のような、慈愛に満ち満ちていたといっても過言でない。
キングのもとに旅立ったわけだがまたお世話するのかなあ。合掌
by gsfc_aoshima | 2004-10-29 07:20 | 大学サッカー | Trackback | Comments(0)

逗葉高校の小柴監督

逗葉高校に行ってきた。Jr.ユースの3年生を連れて練習に参加させてもらう。
この高校は横須賀線の東逗子が最寄りの駅で大きな分譲地の一角にあり、高台なので毎日の通学はちょっと汗をかく。
サッカー部はこの10年、輝かしい戦歴で選手権ベスト8,インターハイもたしか4回ほど行っているはずである。

サッカー部を率いるのは小柴健司監督、50歳である。小柴先生とはもう30年の付き合いである。大学の入れ替わりなのであまり先輩後輩のぎくしゃくしたものがないのもいいのかな。「先輩、先輩!」と呼んでくれるのであるが、この年になりゃ、年齢差はない。
サッカー観や意識も、同じ監督のもと(堀江先生)だったので似ていると思う。だから、自分の教え子をお願いしても、いいように料理してくれている。
 うちのトップチームにいる野口、田辺、江原は小柴監督にお願いした選手達である。彼らと監督さんのおかげで全国大会を見に行けたし、おおいに感謝いたしている次第である。

今年も逗葉に入りたいというのが出てきたので、練習に参加させたが,部員数は1,2年生で70名弱だそうで,来年は密かにねらっているようだ。あまり大きい選手はいないがちいさいのできびきびしたのが多かった。
新1年生で進学希望者もけっこうきているらしい。もし入る事になったらまた逗葉詣をすることになるのかな。

練習をみていたら、先生を尋ねてきていたヤングサラリーマンを紹介された。サッカー関係の仕事をしているという秋江君というナイスガイであった。筑波の出身でサッカー関係の仕事をしたくて東京海上辞めたという。直じい、小柴監督異口同音に「先生やらんかい!」
筑波のサッカー部でサッカー関係やるのは一番簡単と思うが。
生意気にいうことにゃ「社会の荒波にもまれてから指導者になりたいです」なかなか云うではないか。
小柴監督も日立黄金時代のプレーヤーで全日本の選手でもあった。会社つとめをしてから高校教師になったわけで、秋江さんも是非,見習ってほしいものである。

ちなみに彼の会社からは僕のところにサッカー大会の案内等がよく来ていたがほとんど見もぜず捨てていた。
これからは一応,封を開けてみようと思う。おわびの印に会社へリンク

by gsfc_aoshima | 2004-10-28 07:02 | 大学サッカー | Trackback | Comments(0)

地震の余波

今朝のアサヒドットコムから
「新潟スタジアム前に自衛隊集結」
陸上自衛隊は、県やボランティアと協力し、新潟市の新潟スタジアム前の駐車場で25日から、大がかりな食事の炊き出しを始めた。県が、県内外から米などの食糧を調達。自衛隊員や県職員ら千人以上が炊事車など約300台をフル稼働させ、1日2、3回、それぞれ1万〜1万5000人分を調理し、自衛隊ヘリやトラックを使って、被災地に運んでいる。
 26日の朝食は、ごはんやチキンステーキ、ポテトサラダなど約1万2000食分を川口町と堀之内町に輸送。「夜には、みそ汁の炊き出しも始めたい」。航空会社の軽食を譲り受けることも予定しているという。

この週末、新潟スタジアムでアルビレックスとレイソルの試合が予定どおりおこなわれるようだが、せっかく試合を開催するなら、サポーターも協力して5万人炊き出しでもやればどうだろう。試合が始まったときは自衛隊やら関係者らも暫しの休息でサッカーの応援をしたらいい。こういったときはとかく自粛しろだのいう輩が多いのだが、こういったときこそお祭りが大事だと思う。がんがん応援して試合が終わったら両チームのサポーターが一緒になって炊き出しのお手伝いをするぐらいのことができないだろうか。試合運営のスタッフのお知恵拝見である。

それにしても地震のおかげで,台風の被害や浅間山の噴火もどっかへとんでしまったが、いろんな事が多すぎる。スギヒラタケとやらを食べて急性脳症になって死亡しているケースが各地であるらしいが今年になってなんでみんなが食べだしたんだろう。こんなきのこ、昔からあったはずなんだがどうして被害者が多くなったか不思議である。ちょっと調べてみた.
こんなホームぺーじもあるぐらいで、けっこうみなさん食べていたのかな。腎臓の悪いひとが被害に遭っているようだが、いまの時期のキノコはどうしても食べたくなる旬のものである。
毒でも食らえの心境になるのもうなずけます。


by gsfc_aoshima | 2004-10-27 05:33 | その他 | Trackback | Comments(0)

観戦記

横浜市長旗杯が行われている。この日曜日は18区の代表による2回戦が開催され,ベスト8が出そろった。GSFCは都筑区の中川西中学と対戦したがその試合の総括。

 試合前の練習をみているとどうも汗をかいている選手が少ないし、気持ちが集中してないような気がした。案の定,試合が始まっても動きが鈍いのである。パスは精度を欠き、メクラパスも多い。
FWは前を向けず、すぐバックパスである。思わず「ゴールは逆だぞ」と叫んでいた。
パスを出したあと、見ているのでどうしても人数が足りなくなる。パスアンドゴーをきちっとやれば、どうとなく崩せる相手なのにそれが出来ない。
ほとんど見せ場がないまま前半終了。いいかげんにしろ〜!

後半もだらだら、はらはら、チャンスを生かしきれない。「こんなことやっていると負けるで!」という典型的な試合運びである。
相手もそれなりにがんばっているも、最後のシュートを打てない。
前の試合に比べると情けないほど、レベルの低いゲーム内容である。

延長に入ったら、やっとこさ目がさめたようなGSらしいサッカーで押せ押せになる。
ゴール前の大西兄の突進から相手DFがおもわずプッシングでPKを得た。きっちり決めてくれて、苦しみながらの準々決勝進出である。

まあ次の試合は本気モードでやってくれ〜!   内申書にも記入出来るべ。

出場選手採点
GK   小坂     7   安定感があり、今日は飛び出しも思い切りがあった。
DF   市川     5   相手FWへの寄りが遅く,前を向かれ、抜かれる場面が多い
     谷   5   明らかに練習不足である。最後はばたばたになってしまった
     大西弟 6   ピンチを高い打点のヘッドでかわすも声をかけないので周りとのコンビネーションが悪い
     富永    6   左サイドはほとんど崩されていない。良かった
MF    麓      5    プレーが精度を欠き,また中途半端なプレーが多い
     井上   5.5  瞬間的なスピードでボールをかっさらうプレーがほしい。なんとなくやってる感じがする
     大滝   6    中盤でよく動いているが最後ゴール前まで顔を出しても良いのではないか
     内山   5    前への突破ができない。安易なプレーが多すぎる
    (山川)5.5  もっとがつがつやるプレーがほしい
     西潟   5    気の抜けたプレーが目立った。やればできるんだから頑張ってほしい
FW   大西  5    シュートを打たなければ点とれないぞ。いい中距離シュートがあるんだからうてばいいと思う。大西らしい粘っこいプレーはPKをとった場面だけだった

まあ厳しいことを書いてしまったがつぎの試合(横浜FC泉)できちんと修正すればそこそこやれると思っている。
     
     
by gsfc_aoshima | 2004-10-26 06:31 | 横浜GSFC | Trackback | Comments(0)

地震の余波

 中越地震と命名された今回の地震は朝が明けてからの被害の広がりはさらにひどくなったようである。山古志村という所では、村の携帯電話は村長の衛星電話しか使えず,連絡のとりようもなく孤立状態らしい。中継のアンテナ倒壊で不通になったとの事。笑い話で済ませられる問題ではないので、DOCOMOも新機種ばかりだすこと考えないで,震度10でも倒れないアンテナをたててもらいたいものである。
 便利なようで,命がかかるような時,無用の長物では話にならん。

新幹線も脱線したようであるが,一歩間違えば大変な事になったと思うし、まさに台風23号の「バスの上の住人」といい、ハリウッド映画ですぐさま映画化されそうな、シーンである。
その場に居合わせた乗客の皆さんの気持ちはどんなだったろう。

気象庁の官僚が出てきて,「今回の新潟地方を襲った地震を中越地震と命名いたします」だと!。小渕恵三さんの年号を「平成」といたしますという記者会見と一緒にするな。ファックス一枚で用足りるんだから、TVヴツリの悪いおっさん出させないで、地震の警戒に当たっとれと云いたいよ。命名だなんて、何か勘違いしてるぞ〜。

そんなこんなで世の中物騒な話ばかりであるが、ここ横浜は相変わらずのサッカー三昧で多少の溜飲がさがるのでまあいいか。
市長旗杯の2回戦が行われ,我が横浜GSFCは中川西中学に1−0の延長Vゴールでやっとこさ勝てた。動きが予想以上に悪く,苦しんだが最後は押せ押せになってPKをもぎ取る事が出来た。観戦記は明日書く事にしよう。

それにしてもこんな状態なのにアルビレックスのサポーターの皆さん,500人も磐田くんだりまでよく応援にいくよなぁ。あきれちゃうほど感心するよ。家も全滅で家庭も崩壊じゃあシャレにもなりません。
磐田は僕の実家なんだがこちらだっていつ東海地震が起きてもおかしくない状態。ジュビロのスタジアムは僕らがこどもの頃は一面の茶畑だったと記憶している。
また昔、たんぼだったり、池だったところを埋め立てて住宅が建っているが、あれも液状化現象でも起きたらひとたまりもないな。心配だずら!
by gsfc_aoshima | 2004-10-25 06:50 | 横浜GSFC | Trackback | Comments(0)

災害時の携帯電話

 新潟で地震が起きている事も知らず車を運転していた。仕事で静岡からの帰り道の事だった。実は会社の車がスピードは出るがそこらじゅうべこべこで、修理してないのでさびだらけ。おまけにラジオが聞こえない。
 
 夕方、電話がつうじないのである。どこへかけても、お話中でし、そのうち、「地震の為,お客さまがおかけになったところは繋がりにくくなっております。復旧に相当かかります」
おいおいどこで地震があったんだ。横浜カア。
 携帯は究極の通信手段だとおもっていたのに、いざというときに復旧に時間がかかりますでは、無用の長物ではないか。
 どこで地震があったぐらいいってほしいな。思わず,携帯の災害伝言板を使おうかともおもったぐらいである。下敷きになってるひとが携帯で助けをよんでもかからんではしゃれにもならない。「こちとら、復旧できねえから、唯一無事な携帯で叫んでいるのにお願いしますよ。」では情けないこと極まりない。
   こちらの携帯とあちらの携帯は無事なんだからなんとかしてほしいもんである。
 
だいたい,我々世代はアナログ人間であるので「線」が繋がっていないのはちょっと信用できないし,繋がっていてもファックスなんか、ほとんど理解できない。
なんで紙入れると細い線を伝わって相手の紙に写るんだ。まじ、いまでもわからんぜよ。
いろんな事考えると頭が痛くなってくるのでこのへんにしておこう。
 
静岡の丸子は、「丁字屋」のとろろ汁が有名で昼時だったので入ろうかと思っていたが,手前に長田西中学という学校でサッカーの試合をしていたのでしばらく見てしまった。
サッカーどころだけあってけっこうレベルの高いゲーム運びだった。
とろろを食ってる時間がなくなってしまい,コンビニのおにぎりですました。

Jr.ユースは今日、中川西中学と市長旗杯の2回戦がある。頑張ってもらいたい




by gsfc_aoshima | 2004-10-24 07:08 | その他 | Trackback | Comments(0)

明治の板垣

明治大学サッカー部は現在関東リーグ2部にランクされている。かつては,メキシコの杉山さんやら、木村和司さんら、一流の選手がいた伝統校だった。
この明治のサッカー部にGSOBがいるのである。
4年生の板垣琢也君で小学校4年生までGSでプレーしていた。典型的な左利きだったのでよく覚えている。自分が左しか蹴れなかったので左利きにはおもいいれがある。
お父さんの仕事の関係で広島に引っ越されたが、おかあさんからチームを紹介してほしいとたのまれサンフィレッチェを紹介してあげた。
その後はJr.ユース、ユースと広島に在籍し,明治のサッカー部で現在頑張っている。
広島に行って以来,一度も合っていないが卒業までに一度はプレーを見たいなと思っているわけで,楽しみでもある。
彼よりももっとうまい子もいたのだが、日本一といわれている広島のサッカー環境の良さととりわけ、本人の努力も相当あったに違いない。当時も小さかったがいまでも小さいもん。

じぶんとちょっとでも関係した子ががんばっているのがわかるととってもテンションのたかくなる単細胞の自分がいます。ジャンジャン!

 それから、明治は来年度から1部昇格きまりました。 おめでとうございます。
by gsfc_aoshima | 2004-10-23 07:14 | 大学サッカー | Trackback | Comments(0)

横浜市長旗杯

 中学生の大会で部活の子らには最後の大会にあたる横浜市長旗杯争奪大会が区の予選を経て本戦が始まった。横浜GSFCも恥ずかしながら区で勝ち残った。ちょっと恥ずかしいというのはいままで一度も勝てていなかったからである。

当初、クラブ創設期はけっこう強かったので,出れるチャンスは何回もあったのだけれど、どうも縁がなかったのである。「この大会どうでもいいや」という気分がスタッフの中にあったのも事実だし、子供達もこの大会の前の高円宮杯や秋季リーグに目が向いていたので、どうしてもモチベーションの維持が出来ないでいた。
今年度は選手の数もそろってきたので、一発やったるかとおもっていたのだが、その期待に選手が応えてくれて勝ち上がった。
いいサッカーをやって勝ち上がったことをまず評価したい。こちらの意図を十分組み入れたサッカーをしてくれたと思っている。
高円宮杯の決勝トーナメント2回戦で大道中学にまさかの敗退を期してもうだめかと思ったがよく立ち直ってもらったと思っている。
この24日は都筑区の中川西中学との2回戦からであるがこれに勝つと三ツ沢陸上競技場の芝生になるのでぜひ勝ち上がってほしいものである。
幸い,けが人もなく順調にきているのでちょっと期待している直じいです。

組み合わせはこの通りで、まだ保土ヶ谷区の所に入れてもらってません。頼むで〜っ
by gsfc_aoshima | 2004-10-22 07:20 | Trackback | Comments(0)