カテゴリ:人物( 16 )

大使の離日

1月20日は新アメリカ大統領が誕生する。
トランパさんはどんな大統領になるのだろうか。

そんな中、ケネディ駐日大使が18日離日した。
この前、駐日大使になったばかりと思っていたら、来られたのは2013年だったとは。

そのケネディさんが離日に当たってyoutubeにメッセージを残されていた。ご紹介したい。

是非また観光でもいいので日本にお越しいただきたいよね。
by gsfc_aoshima | 2017-01-19 07:23 | 人物 | Trackback | Comments(0)

18年ぶり

11/18(金)ミュージックステーションに大黒摩季さんが出演した。
18年ぶりだそうで、なんだかこちらも興奮してしまった。

もはや感動ものでTVとはいえ素晴らしかった。
一緒に歌ってしまった。ら・ら・ら

録画もしたので長く見れそうでうれしいなと!

じじいでも興奮する!!
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情熱大陸大黒摩季では、女46歳あきらめない

見習いたい!!
by gsfc_aoshima | 2016-11-18 21:05 | 人物 | Trackback | Comments(0)

「早稲田と人生劇場に生涯を賭けた男」だと!

林和利さん(名古屋女子大教授)が著者の本が刊行された。350ページの壮大なものではあるが、これがまた、驚くなかれオラの賢弟の伝記だそうだ。

まだピンピンしているのに、「生涯を賭けた」青島秀樹伝。
題名がすごくて読まないわけにはいかないのである。

推薦人は畏れ多くも早稲田大学総長鎌田薫先生。
その推薦文が「多くの早稲田人を魅了した青島流『人生劇場』口上の誕生と秘話が記された一冊」

秘話なら、なおさら読まなくてはいけないが、最後の「一冊」の前に感動とか珠玉とかの御言葉がないのが気にはかかるが。

ということで1冊でいいのに、10冊ほど弟から送られてきた。
オラの写真も使われていた。

家族をポイと捨て、名曲「青春時代」を死ぬまで追いかけている男の生き様なんだが、ここまでやり切り続けていると、どこか間違ってはいるのに、ホンモノだという人も出てくる。
アホは死んでも治らないのお手本なんだがよ!!

とりあえず腕を組み続けて40年、人生劇場を詠ってきたことで、怪しげではあるが家元にまでなった。

どうしても読んでみたいという、もの好きな方はまだ9冊ほどありますので当方まで。
1冊は釣りバカ仲間の平塚様に進呈。
aoshima11@gmail.com

ちなみに発行者は辰己坊(しんしぼう)
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by gsfc_aoshima | 2016-09-14 09:30 | 人物 | Trackback | Comments(0)

青山繁晴さん

実はこの30年で1度しか選挙の投票に行っていなかった。
恥ずかしいことである。

でも今回は投票所に行ってきた。
比例区に青山繁晴さんが出ていたからだ。
youtubeで毎日、青山さんの街頭演説を聞いていた。

早々と当選して、とっても嬉しかった。

青山さんのブログー道すがらエッセイを見ていたら、青山さんの誕生日とお母さんの命日がご一緒というのにも驚いた。
そして、もっと驚いたのは、おらと同じ誕生日でちょうど3年後に青山さんが生まれたとのこと。

昔から青山さんはおらのお気に入りであったが、今回とってもみじかに感じることでもあった。
青山さんのご先祖は番町皿屋敷で有名な青山主膳だということだし!

日本のために期待したいし、青山さんにはオラ達がついているので勇気を持ってお国のために邁進してほしい。
本物の男がやっと日本の国を動かす時代になってきたと確信している。
そんな青山さんに声をかけた安部さんだってすごいと思わざるを得ない。

政治家や評論家やコメンテーターやら、シールズやら、人は安部さんのことをいろいろ言うけれど、「お前にできるかよ!」といいたいな。ジャンジャン!!
青山さんの街頭演説長いんですがいいと思います。
by gsfc_aoshima | 2016-07-11 22:07 | 人物 | Trackback | Comments(0)

おかみさん!

高田みずえさんの31年ぶりの歌声。
1日だけの復帰。
「硝子坂」いいなぁ!!



高田さんの故郷は鹿児島県揖宿郡頴娃町。
行ったことがないので想像がつかないが、中学を出て歌手を目指し、ほんとのほんとの
いなかから上京したのは有名なお話。

ご主人はあの若嶋津関。
親方も種子島出身だ。松ケ根改め二所ノ関部屋

朝から3回も聞いてしまった。
爽やかな気持ちになれた。
今日はいいことがありそうな予感がする。
by gsfc_aoshima | 2015-08-09 06:48 | 人物 | Trackback | Comments(0)

今日は森さんの命日

4年前の今日、早稲田ア式蹴球部の森孝慈大先輩が亡くなられた。
ほんとに暑い日だった。
亡くなったとの連絡が来た時、オラは練習試合で亜細亜大学のグランドにいた。
日陰もなく、灼熱地獄だったのを思い出す。
試合が終わり、横浜に戻って、ご自宅近くの葬儀会場に行った。
それからの4日間は、怒濤のような日々だった。

まだ森さんが健在だったとしたら、日本のサッカー界はどうなんだろうと考えると、ほんと残念だなと思う。

今日は森さんのTシャツを着て過ごそう。
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by gsfc_aoshima | 2015-07-17 08:01 | 人物 | Trackback | Comments(0)

野々村先生

台風11号の四国上陸。
そして、お笑い芸人ピースの又吉直樹さんが芥川賞をいただいたニュース。

その又吉さんが恩師に電話。恩師は野々村先生って?!
どこかで見た顔。

又吉さんは大阪の北陽高校サッカー部出身だそう。

あの野々村先生だった。

1990年イタリアW杯の時、オラは2週間寝食を共にした。
毎晩酒を酌み交わし、話は全てサッカー。
ローマの日本料理店では騒ぎすぎてもう来ないでくれ。
               
泣く子も黙る野々村先生。
北陽に野々村先生あり。
又吉さんも生涯で1番怖い人だったはず。
サッカー推薦を断わり、お笑い学校に入るのに、大阪ではなく東京にしたなんていうのも
野々村先生から逃れるためなのは容易に想像出来る。
怖くて大阪にはいられなかったということだろう。
そんな又吉さんが、最初に野々村先生に受賞の報告をしたなんて、泣かせる。

久しぶりに野々村先生を拝顔し乾杯!
イタリアでの野々村先生はどれかってわかるでしょ!
この時のメンバーはほんと忘れられない。
大人の合宿みたいだった。
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by gsfc_aoshima | 2015-07-16 22:09 | 人物 | Trackback | Comments(0)

文太さんまで!

仁義なき戦い」「トラック野郎」の菅原文太さんが亡くなった。
確か早稲田中退、ていうか受かったけどほとんど学校に行かなかったはず。

健さんが亡くなり、涙の乾かないうちに今度は文太さんかよ。
昭和を代表する東映の2大スター。

歳をとれば必ず亡くなるのはわかっていても、相当寂しいよな!
文太さんは、晩年、息子さんを踏切事故で亡くしてから、俳優業も引退して悟りの世界に入ったと思えるような生活をしていた。

菅原文太さんに合掌。

by gsfc_aoshima | 2014-12-02 06:34 | 人物 | Trackback | Comments(0)

浅田選手すごい!

ただただ感動!
すごすぎる。
よく立て直したと思う。
8つのジャンプ、6種類の3回転。全て飛んだし。
16位からの自己新。

そしていい笑顔。
やり終えた。
羽生選手のショート、そして浅田選手のフリー。
日本の誇りだ。
感動と興奮で眠れなくなっちまっただよ。
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by gsfc_aoshima | 2014-02-21 02:02 | 人物 | Trackback | Comments(0)

ブログ再開

先週、火曜日の早朝、磐田の弟からの電話。
この歳になると、朝早くからご機嫌伺いの電話なんてないし、なんにもなければいくら弟だとはいえ、電話はない。
「声聞きたかったもんで!」なんて電話はありっこない。
やな予感。

「誰か死んだか!」
「そうだにぃ!」
「孝次かぁ!」
「そう!」
「去年のちょうど今頃、おっかさ亡くなったばっかじゃないか。ちょうど1年じゃあないか?」
「そう。1周忌終わったばっかだったし」
「嫁さんが迎えに来たのかなぁ。仲良かったし。」

40人近くいる従姉妹の中でも、父方の本家の跡取りだし、若い頃、うちの親父の元で働いていたこともあって、3つ上の兄貴みたいな存在だった。

悲しくて悲しくて何も手につかなかった。
以来、ブログも書けなくなった。

1年前、従兄弟の孝次は、袋井市の地区の自治会長をやっており、隣家の葬式に出席していた。
家から300mほどの葬儀会場。
ピーポピーポ救急車の音。

息子の嫁から電話がかかる。
おかあさんが倒れた。
葬儀会場からすぐさま駆けつけたら、救急隊員の声
「心臓とまっている。たぶんだめだが、とりあえずAED」
その時、孝次も気を失って心肺停止。

救急隊員は、嫁さんの佳子さんにやるAEDを孝次に付け替え、ほどなく心臓は動いたが、佳子さんの心臓は動かなかった。

ほどなく、もう一台の救急車も到着。
隣家の人たちも、「なんで鳥居さんとこに2台も救急車止まっているだいやぁ?だんなさん、今の今まで葬式出ていたのに」

同じ日に夫婦で葬式だすことはなかったが、その後体調不良がずっと続きこの日を迎えてしまった。
もちろん、そんなこととは露知らなかったが、家族もお父さんが亡くなるとは思っていなかったようだし、なんだかす〜〜っと逝ってしまったようだ。
本人もそんなつもりはなかったようだが、佳子さんのお迎えが来てしまって、あっちの世界に行ってしまった。

あんまし仲がいいと、男は奥さんには逆らえないのかもしれないと、ご導師様もおっしゃられていた。

最愛の従兄弟 鳥居孝次 享年67 いい男だった。合掌

水素水がスポーツに革命を起こす 水素水「IZUMIO(イズミオ)」
by gsfc_aoshima | 2013-12-23 07:30 | 人物 | Trackback | Comments(0)