カテゴリ:高尚な話( 128 )

スーパースターの死

昭和42年の春だったと思う。
クレージーキャッツが浜松に舞台巡業に来た。
僕は楽屋口に行き、マネージャーを呼んでもらった。
そしたら、僕には見知った人が出てきた。
「にいちゃん!なんか用かぁ?」
「あのぅ、植木等さんに弟子入りしたいのですが」
学生服姿の僕を見て、その付け人は
「高校生だろ! 学生の本分は勉強だぁ。しっかり勉強しな!」
僕はそれ以上の言葉も、返す言葉も出ず、すごすご楽屋口をあとにした。
そん時、応対してくれた付き人は、まだ当時全くの無名な小松政夫だった。

きのう、植木等先生が亡くなられた。
そう!僕はそう呼びたい。
悲しい、とっても悲しい!
僕は昨夜、家に帰って来てこの訃報を聞いてからうろたえている。

過去最高の日本一のミュージカルスターだ。
歌舞伎役者の中村勘三郎や市川団十郎だって敵わんと思う。
すばらしく無責任な歌声だった。
1回聴いたら、すぐ覚えらられる歌詞とリズム。
スマップやらトキオやらV6や嵐やタッキーやら歴代の光源氏やら少年隊を含めジャニーズ事務所総動員+「ドリフターズ」を足して、寄ってたかっても「ハナ肇とクレージーキャッツ」には太刀打ちできんだいね。
もうなんもいう言葉も出ん。

小学生6年生の時に「スーダラ節」に始まった。
♪ちょいと一パイのつもりで飲んで いつの間にやらはしご酒
気がつきゃホームのベンチでごろ寝
これじゃからだにいいことぁないね
わかっちゃいるけどやめられない
以下省略

「ドント節」
♪サラリーマンは気楽な家業ときたもんだぁ
二日酔いでもねぼけていても
タイムレコーダー ガチャンと押せばどうにかカッコがつくものさ
以下省略で
ア ドンガラガッタ ドントドントイキマショウ

この、ア ドンガラガッタがたまらないよな

「五万節」
「無責任一代男」
「ハイそれまでよ」

「これが男の生きる道」
♪帰りに買った福神漬けで、ひとり寂しく
冷や飯食えば、古い虫歯がまたまたうずく
愚痴はいうまい こぼすまい
これがおとこの生きる道

「しょぼくれ人生」
「いろいろ節」

そしてなんといってもクレージーの最高傑作はこれだぁ
「ホンダラ行進曲」だずら!
♪一つ山越しゃホンダラッタホーイホイ
も一つ山越しゃホンダラッタホーイホイ
越しても越してもホンダラホダラカホーイホイ 
どうせこの世はホンダラッタホーイホイ
ならばみんなでホーンダラッタホイホイ
ホンダラダ ホンダラダ ホンダラホダラダ ホ〜イホイ ♪
ホンダラホダラダ ホンダラホダラダ ホンダラホダラダ ホ〜イホイ ♪
ホンダララッタ ホンダララッタ ホンダラホダラダ ホ〜イホイ ♪

ビートルズにもひけをとらない、まさにまさに哲学なんぞはわからんけんど、哲学的といってもいいのではないだろうか。
「レットイットビー」や「イマジン」とだっていい勝負だ。

「学生節」

「めんどうみたよ」
クレージーの股旅もんずら!
♪背なに満月 さげをのたすき
かわいい子分にゃ 赤城の山も
これが最後か見納めか

もはや名曲ばかりできりがないので曲名だけ紹介だ。
オラの知ってる奴というか、レコード持ってるやつだ

「バカは死んでも直らない」
「ほら吹き節」
とにかく映画も最高だった

「だまって俺についてこい」
「無責任数え歌」
「ごますり行進曲」
「悲しき我が心」
「遺憾に存じます」
「なにがなんだかわからないのよ」
「しびれ節」

もうきりがないのでやめます。
青島幸男の歌詞と萩原哲晶のメロディ
A面もB面もすべて大ヒットだったし、いまでも歌詞見なくてもメロディ聴けば
あたまんなかの引き出しから歌詞が出てくる。

そして植木等の意味もなく無責任っぽい爽やかと云うか乗りの軽い歌声
もはやそれは僕らの青春そのものだった。
ああいうおとなになりたいと思ったもんな。
マジにだ。

まさにスーパースターだったと思う。
これ以上のエンタティナーは出ないと思う

三途の河原で「お呼びでない?お呼びでない!こりゃまたぁ失礼いたしやした」といって、青島幸男が待っているお花畑の向こう側にいくんだろうな
ハラホロヒレハレーハラホロヒレハレー、バケツがドン!
合掌
by gsfc_aoshima | 2007-03-28 06:59 | 高尚な話 | Trackback | Comments(0)

スポンサー

ヴァンフォーレ甲府の胸には「はくばく」という文字がある。
そう!公式スポンサーだ。
毎年、このチームの胸にはこの文字がついていたんだが、来季からは胸から背中にいくらしい。
「はくばく」よりもいい条件のスポンサーが現れたという事だろう。
一昨年来からの頑張りでCM効果があると企業が判断したという事でもある。

そのことについて、「はくばく」の社長さんが社長のブログのなかで所感を述べている。
とっても若くて活動的なんだが、企業人としてのポリシーと謙虚さが感じられ好感が持てるな。
そしてなにが大事か、このように云っている。引用させていただく。

『今回の件を通じてよーくわかったことは、これからの日本において、企業はこれまで以上に志が重要なんだ、ということです。事業をするにあたって正しい思い、夢を如何にしっかり持つか、そしてこれを如何に本当に実行に移せるか、ということです。また、この豊かな今の日本においてはそういうことに人々が共感し、応援してくれると言う事実。これを改めて確認し、非常に責任をも感じました。 』

甲府のスタッフのご苦労や、選手の頑張りが一体になっての2006年の活躍だったんだろうが、それを支えるスポンサーやサポーターの皆さんも広い意味では「チームの一員」ということなんだろうな。

僕らもこういうチームやサポートする企業もあるということをいいお手本として、関東リーグ目指して頑張るだけだな。
僕らの頑張り次第では、僕らの想いの丈や、夢をわかってくれる企業さんや個人も出てくるかもしれない。
やるしかないな!やりきるだけだ!汗流すだけだ!

それから、「はくばく」ってなんだろうなと思っていたが『白麦』という意味で麦の会社だそうな。
五穀豊穣と云う昔から伝わる言葉がある。
お祭りや神社でのお参りには欠かせない言葉でもある。
その五穀を大事に扱いたいと会社の理念の中で述べられている。
どう感じるかはそれぞれだが、小さい時から『五穀豊穣』という言葉が日常にあった僕にはとっても好感がもてました。

更に追加で、2006シーズンの胸と背中が入れ替わったようですね。
甲府のホームページにスポンサー企業のご紹介が載っている。
これも甲府の地元と密着したスタイルを象徴しているので評価したい。
なかなかここまでやらないもんな。単にリンクしているだけだもん。見習いたい!
企業さんのチームに対する想いが伝わってきますし、企業名が頭ン中の引き出しに入るよな!
by gsfc_aoshima | 2007-01-19 06:14 | 高尚な話 | Trackback | Comments(0)

NHKの大河ドラマ「風林火山」が始まった。
第1回というんで、どんなもんかなと見る。
場面は、籠坂峠のあたりの設定で、今でいう都留あたりという。
大月からちょっと富士吉田方面にはいったあたりだ。

はっきり云う。
次回から見ない。
面白くない。
何故って?
設定が暗い。ことばがきたないーこの2点だ
大河ドラマは豪華絢爛でないとヒットしないのははっきりしているし、メインの主役が「山本勘助」ではあまりにも小粒で、せいぜい「勘助=泉谷しげる」どまりのキャストではないかい。
片目で足ひきずっているのでは内野聖陽がかわいそうだ。
ここは泉谷だろう。
とはいえ、泉谷では視聴率稼げないから、内野なんだろうが、しょせん勘助という設定ではヒットはしないと思う。

それから、いくら昔の話でも、ここまで「なまり」がひどいと見ていて、聞いていて耳障りが悪いのである。
ずら!
だに!
に!
〜〜だぁ(するだぁ、やるだぁ)

オンパレードだ。
程度問題といえないか!
ここまでいわせるかぁ!
いくら水呑み百姓がメイン設定とはいえだ。
それにひきかえ、侍大将の千葉真一はそういう言葉はつかっていない。
これって差別じゃない?
なまりに武士も百姓もないんじゃない?
これって、その地方の人はあまり気にならないかもしれないが、たとえば東北弁で1年間ドラマをやられたら見れないと思うよ。
こういうなまりの僕でさえ嫌悪感を感じたという事は、他の人はどうだったんだろう?
あくまでも娯楽番組なんだから、ここまでやらなくてもいいのではないだろうか。

それに、僕みたいに静岡県とりわけ遠州の人はこのようななまりは日常だけれど、山梨県=甲州の人はこんなにひどくない。
それに、なぜか「みゃあみゃあ」言ってるじゃん!
おいおい名古屋かよ!

かつて「細腕繁盛記」が流行って「ずらずら」言ってたこともあるが、ちょっと違うかなと思う。
だから、僕もしばらくは標準語に切り替えてこの「直助」を書こうと決めました。

もう横浜に30年以上住んでいる「浜ッ子」だからさ!
「ハマの自遊人」じゃん!
by gsfc_aoshima | 2007-01-08 06:39 | 高尚な話 | Trackback | Comments(2)

ケニアの公用語は?

ニューイヤー駅伝の3区は外人とりわけアフリカ出身の人たちのオンパレードだった。
とりわけ圧巻は日清食品のはたちのゲディオンだった。

アナウンサーが「マサイ族だから凄いんです」とかいってたけんど、ケニアにはマサイ族のほかにいろんな部族がいるんだったら、ほかのひとたちはどんななの?とか
マサイ族以外はだめなの?とか、マサイ族のなかには足の短いのはいませんとか、いろいろ教えてほしかったな。

昔、コマーシャルでマサイ族はジャンプがすごいというのが目に焼き付いているのは事実だ。
そん時、まだライオンとやりでいまだに戦っていると思っていたんだから。
だから、オラの脳内知識はそこから出ていないというこんで、いまだに槍もって、牛のミルクを直接飲んでいるのか、それとも上昇志向のあるものだけが陸上の長距離のランナーとかジャンパーになるのが、海外にでるチャンスしかないと思っていた。
そして、各部族ごとのいにしえから伝わっている言語だとも思っていた。

走りはもちろん凄かった。
他の誰よりもスピードがあり、中距離の走り方で10キロ以上走っちゃったように見えた。
こいつは2年もしたら世界一のランナーになるぞと確信するほどだった。

ところがダ、走り終えたあと、インタビューがあった。
オラはもちろんマサイ語だと思っていたら、英語をしゃべっていた。
イングリッシュだいね!
観衆の皆さんの声援があり、とってもうれしかったし、しあわせだっとよ!
オラん耳にも「アイアムハッピー」はわかったもん。

公用語が英語なのかなあ。
学校だって、窓からライオンが顔を出すようなところにあるのに、英語ぺらぺらだぞ!
日本の学校なんて中高で6年間、ほとんど毎日勉強しても、なんにもしゃべれんし、聞き取りも出来ん。
オラなんぞは大学だって英語の授業があったんだから10年勉強してもよ、外人さんと会ったら、「モア スローリー プリーズ!」とか
「スピーク ア リトルね!」とか
なに云ってるのが、わからなければ、とにかく「サンキューサンキュー!」の連呼だ。
サンキューといっておけばいいみたいな!
究極は「アイアム ア ボーイ」ーお釜か、お前はよ!

「試験によく出る英熟語」は完璧に覚えたが、それだけだった。
しゃべられんし、なんも聞き分けられない。
キンパツのおねえさんを口説く事も出来ず、
結局、言えたことばが「ハウマッチ!」

今頃、文句をいってもしょうがないが、戦後の日本の英語教育が間違っているよな。
「ギブミーチョコレート!」を発展させればよかったのに、マッカーサーが少年好きだったのかようわからんが「アイアム ア ボーイ」とか言わせたからいけなかったのか。

「ぼくは少年です」とか「彼女は少女です」とかあり得んぞ
これって、ぼくはお釜ですとか言ってるように聞こえるのはおらがおかしいからかなあ。

「ジス イズ ア ペン」もよく考えればおかしいぞ。
「これはペンです」なんておかしくないかい。
こんな風にはしゃべらないのに、ここから入ってしまったためになんの疑問も持たなかったのは事実である。

当時の文部省の責任は大きいぞ。
いまだに、若い子だって英語はほとんどだめだしよ。
最近は日本語もダメになっているのも事実だしよ。
これから、日本はどうなっちまうんだろうなと思うときがあるのはおらだけだろうか

どこに行っても、しゃべる言葉が「ハウマッチ」だけじゃあ、あまりにもさびしいもんがあるだに!
これじゃあ、世界のお客さんから抜け出せないし、せめて孫には英語ぐらいはペラッといってもらいたいもんずらよ!

b0005596_6292252.jpg

箱根で2区を走っていたケニア出身のモグス君だが、さいごガス欠になっちまったようです
by gsfc_aoshima | 2007-01-06 06:26 | 高尚な話 | Trackback | Comments(0)

磐田市役所を後にして、浜松の市役所に行く。
こちらは別になんの感慨もない。
ちょっくら思ったのは、女性職員が全員、ユニホームがわりに私服の上から、エプロンをしていたのが目についたぐらいだな。
どうちゅうこともないがよ。
オラとしては若干制服に弱い方なんで、まあ、これも制服なんだからいいかな?

その後は、東海道を藤枝まで列車で行く。
こちらも市役所だ。
藤枝に電車で降りたのはマジ久し振りだぞ。
b0005596_6453100.jpg

駅舎も様変わりだ。磐田以上にモダンだ。
駅前にはサッカー関係のものが目白押しだ。
b0005596_6472042.jpg
b0005596_622652.jpg

市役所は別段なんの感想もなく、また駅に戻る。
役所って、宣伝がほんとへただな。
「おたくの町ってほんとすごいとこなんですよ」といってあげたいよな。

タクシーで駅まで戻る。
降りると、観光案内所が目の前にあった。
そしたら、こののぼりに目が点になった。
b0005596_6264629.jpg

吸い込まれるように案内所の中へ。
b0005596_6273652.jpg
b0005596_6275430.jpg

もちろん、サッカー最中も携帯ストラップもちゅうちょなく購入する。

この藤枝のサッカー最中はオラが高校3年にあがる春休みに、藤枝にはじめて遠征に来たとき、家のお土産に買った記憶がある。
その当時から、サッカーをするものにとって、藤枝は「サッカーの聖地」みたいなもんだった。
あのアディダスのスパイク「モデル2000」も藤枝のサッカーショップにはあっただいね。
この遠征の時、ショップに入って見ている。
「おっっっっっぉ!これがモデル2000だに!
ヤスダのスパイクとはだいぶちがうなあ。
藤枝東の藤色のユニホームも飾ってあるらぁ!
かっこええなぁぁあああああああああああ!
あのストッキングはいたら、ぜってぃうまくなるずら!」
オラ達にはモデル2000は到底夢の又夢で、せめてストッキングぐらい買いたいなぐらいのつつましいもんだった。
でも、それすら買う勇気もなく、店を出た思い出がよみがえる。

そして、和菓子屋には「サッカー最中」の看板。
サッカーショップではおこがましくてなにも買えず、最中は買った。
40年前の春だ。

最中は五角形と六角形の組み合せの外側の皮になっていた。
でも当時は、まだこの形はなかったんで、きっと「セプター」のボールの形だったんだろうな。
40年前が映像として出てきたんで、ちょっぴりうれしくなった藤枝の町だいね。
by gsfc_aoshima | 2006-10-06 06:22 | 高尚な話 | Trackback | Comments(0)

磐田市役所に行く

35年ぶりに磐田市役所の中に入る。
市役所の前はときたま通ったことはあるが、よく考えたらほんと入った事は学生時代以来だ。

磐田はジュビロのホームタウンとしていまでは全国に名前を知られているが、オラが市役所に顔を出した35年前はサッカー不毛の地だった。
34年前に杉山隆一さんが三菱からヤマハに移ってきてサッカーをやりだした。
それからだな、磐田とサッカーの関わりは!
でもヤマハがJリーグに名乗りをあげるまではそれほどサッカーが盛んではなかった気もするし、役所も町も熱入っていなかったと思う。

でもいまは内部に入ったらこんな感じだ。
b0005596_6345255.jpg
b0005596_6351034.jpg
b0005596_6353323.jpg

片隅にこんなコーナーがある。
なんかとってつけたようなコーナーで寂しいずら。
ジュビロのおかげで全国的に有名になったんだから、もっとドカァ〜ンと宣伝したらいい。
もっとカネかけてジュビロ大明神ぐらい市役所の中に作ってもいいぐらいだぞ。
職員は毎朝、お参りしてから席に着くぐらいの価値あると思うがよ。
ジュビロのおかげで浜松に合併されなかったようなもんずら!

ただ、役所の職員の方は、朝一番に行ったせいか、すれ違うどのかたも「おはようございます!」
ちょっぴりさわやかな感じで、これはいいな!
ブラジルの方が町にいっぱいいるんで案内看板もにぎやかだ。
今年度は静岡県がねんりんピックの主催県らしい。
じじばばのスポーツ大会みたいらしいがよ。
知らなかった!
磐田はサッカーの会場になっているらしくこんなものももらってきた。
b0005596_64019100.jpg

それから、オラの高校の隣は、国分寺の跡があったのだが、こんな立派だっとは知らなんだ。
b0005596_6415192.jpg
b0005596_64297.jpg

朝からいい勉強させてもらったというこんだな!
by gsfc_aoshima | 2006-10-05 06:43 | 高尚な話 | Trackback | Comments(0)

日常的ユニクロ着用論

昨日、仕事が清水、浜松とあり、今日も静岡県内をこれから飛び回る。
だから、今朝は実家のパソコンでブログを書いている。

いつもは暖かく迎えてくれる母親がいない。
そう!死んじまったダぁ

違うってば!
2、3日前、病院に入院したのである。
調子に乗っておふくろを殺すとこだった。

昨夜は、浜松で3男の秀助と会う。
おふくろの状況を聞くのと、別な依頼事項もあったからだ。
焼き肉屋に入って飲んだ。
よく考えると、ふたりっきりで酒を外で飲んだのは生まれて初めてだ。
50過ぎてだに!
オラがその事に気付いたのは店から出て、駅への道すがらだ。
そういえば、次男の茂助ともそういうこんはなかったずら。
必ず、そこにはあのおふくろがいたっけ。

おふくろのこんは明日書くとして、今朝は秀助のお話だ。

この秀助、以前にも紹介したが、早稲田狂いで、かつ、そうとう思い込みが激しいというか、乗りがいいというか、オラもびっくりな男である。
おんなじDNAを共有しているンで、似たとこもあるが、この男、ある時突然、女房に三くだり半をつけた。
「早稲田を理解できんおんなとは生活できん」
普通はありえないが、これが原因で離婚するとはよ!

最初はびっくりこいたが、おふくろの一言で親族一同妙に納得した。
「秀助はどッこも悪い事はしていんずら!。早稲田をわかってやらん、あの女が悪い!」
よ〜く考えると、とんでもない話である。
嫁さんも意味もなく捨てられたわけでかわいそうなこんではあるが、おふくろにはだあれも勝てんのである。
また、早稲田卒業生で構成されている浜松稲門会では秀助のこの所行は、「みんなのお手本である。憧れでもアル」と高い評価をうけているらしいのである。
遠州地方ではこの論理が至極当然に受け入れられる土壌があるということか。
ある意味、すばらしいぞ!
捨てられた嫁さんの実家がある九州とは戦争になるかもな。

秀助、独身を謳歌しているんだが、女性との話もあんまり聞かん。
だから、ライフスタイルでも、誰の指図も受けんし、個性を主張できる。
オラが、2、3日前に、「ユニクロは試験的に着てはみた」と書いたのを読んだらしく、自分は「日常的に着ている」との事だった。

その時は、ふうんと聞いていたんだがよ。
ハッと気付いた。
ていうことは、早稲田稲門会のメンバーでもある、ユニクロの会長さんをお慕い申し上げてのことなんだと、おラにはピンと来たンである。
ユニクロを着る事によって、最後は周り回って大学にユニクロから寄付が行くという構図だとは今日の今日まで知らなんだ。

だから、秀助は日常的ユニクロ生活を楽しんでいるというか、大学にサイドからの押上げをしているんだな。
ユニクロを日常的に着る事、購入する事が早稲田カードを使うということと、おんなじ作用があるということだとはよ!
これは相当、奥が深い話だぞ。
オラも「試着してみよう状態」から思いきって日常的に進行させんといかんかな。

だいたい、ユニクロがどんなもんかもわかっていなかった。
「オフクロ近似値ユニクロ」だったんで巣鴨地蔵の商店街から発展した爺婆のあたらしいファッションかと思ったぐらいである。
大変、もうしわけないことを考えていたぞなもし。

いやぁ、いい勉強をさせてもらって、秀助には感謝だいね。
えらい高尚な話だったずら
by gsfc_aoshima | 2006-07-28 08:05 | 高尚な話 | Trackback | Comments(0)

欽ちゃんのこと

欽ちゃん球団の事って、けっして他人事じゃあない。
競技は違えど、同じクラブチームなんだし。
まして、オラ達のチームはトップチームは社会人だし。
それが強いとか弱いとか、あるいは有名チームだとか無名チームだとか、で判断するンじゃあなく、いつも緊張感は持っていないとね!

今回の1件でも、詳細はわからなので、安易な発言はいけないけんど、ここまで事が大きくなるなんて思っても見なかったということかな。
だからこそ、制裁があったということだな。
でも、欽ちゃんチームは残ってもらいたいな。
いままで光が届かなかった野球のクラブチームに一筋の風穴をあけたもん。
あとに続くひとたちが出来てきたもんな。

それにしても野球って、あれだけチームが多いはずなのに、クラブチームで登録されているのはわずか230チームなそうな。
サッカーの組織がすべていいとはおもわないが、野球ももうすこし、プロを頂点としたピラミッド型の組織にかえていかないと、発展はない。
プロ野球界こそがもっと謙虚になって、少年の育成や、社会人への還元なんかをしていかないとあかんとちゃいますか。

OBのひとだけでは限界があるとおもう。
現役選手こそがオフシーズンはいそがしく地域のひとたちと交流の輪を広げて、野球の普及をする必要があるな。
けっこうサッカーってそういうことやってるもんな。

せっかく欽ちゃんが野球界に風穴をあけてくれたんだから、みんなで考えた方がいい。
いろんな議論をすればいい。

そういえば、あの野茂のつくった「のもクラブ」もがんばっているんだろうか。
大リーガーの大家投手もクラブを立ち上げたんだよな。
長嶋さんなんかを北京にはめこもうなんて話があるようだが、こういうクラブに長嶋さんが入り込んでくれたら、カネも選手も集まるのはまちがいない。
いい話になるのにね!
野球が変わるかもな。
by gsfc_aoshima | 2006-07-21 05:25 | 高尚な話 | Trackback | Comments(0)