カテゴリ:昔の仲間シリーズ( 59 )

仲間と一緒

昨夜は磐田に来て、昔の仲間と飲む。
高校サッカー部の同級生の大スギと陸上部のスズキの3人で、焼き鳥屋と居酒屋をはしごする。
おふたりには僕の仕事を手伝ってもらっており、ビジネス仲間でもある。
これって僕にとってはとってもうれしいことでもあり、頑張れる要因でもある。

「よくまあ、そんなにがんばれるよなあ」と他人から言われる。
「きついよなぁ!」とも言われる。

いやはや、なにもきついことはないのである。
朝から夜まで満員電車に揺られて移動しているわけではない。
特急やら新幹線なんだからゆったりだぞ。
読書はできるし、眠くなったら昼寝もできるわけで、駅に着いたらバスに乗るでもなし、迎えに来てくれるし、そうでなければタクシーもあるわけだし、疲れも少ないのである。
仕事エリアが生まれ育ったふるさとというのも頑張れる要因でもあろう。

昔、遊んだあのあたりはどうなっているんだろう?
たしか、あの池で和船を沈めたよナ!
あのあたりでともだちと喧嘩して追い掛けまわしたとこだよな!
ここは、女の子に会いに行くために夜中に20キロ歩いた道だよナ!
あのタバコ屋はどうなったかなーおばさん元気かな!
ラーメンやの看板娘はもうばあさんになっちまったのかな?

たわいない事だけれど僕にはすべてが新鮮だ。

そしてなつかしい同級生。
実家に戻れば、口うるさいオフクロもいる。
これほどいい環境はなかなかないぞぉ

だから昨夜はとってもいい酒だった。
大スギはあいかわらず、フィリピン娘が好きだと言うし、スズキはあいかわらずのむっつりだった。
僕はもちろん、明るいスケベだ!

昨年、秋からはサッカー大先輩、藤枝東の沼のさんともタイアップした。
新春からは、もうひとり、サッカー部の同級生の誠ちゃんもメンバー入りになりそうだ。
こうなりゃあ、やるしかないのは必然だよナ。

今朝も、そろそろ大スギが迎えに来てくれて仕事だぁ。
いやはや、きょうもあいかわらずの絶好調でもある。
磐田、浜松、ここからは新幹線にガンガン乗って、静岡、富士、沼津、三島を猛スピードで走り抜ける。
夕方には横浜だぁ!
by gsfc_aoshima | 2007-01-10 07:29 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

磐田北FCの仲間

浜松の仕事の途中、磐田北小学校に寄ってみた。
オラの母校であるが、校歌は最後のフレーズしか思い出せない。
「磐田が原の一角に歴史の歩みも美しく、立つはぼくらの北小学校〜〜〜〜〜ツ!」
出だしが出てこないのである。

子ども達がサッカーをしていた。
磐田北FCのみんなだ。
主催しているのは、オラが高校の時、同級生でGKをしていた瀬下と、おなじみ山崎と2級下のテッちゃんの3人が主要メンバーだ。
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今年で25周年だそうで、NPO法人にするらしいとの事。
みんな、がんばっているんだなあと感動!

ここのトップチーム如月FCはもっと歴史が古く、発足当初はオラもメンバーに入っていた事がある。
遠隔地で尚かつ、忙しくなかなか帰ってプレーする事は少なかったが、とりあえず、ユニホームは作ったし、10周年のパーティにも行ったことも思い出した。
県西部の2部に所属しているらしいが、頑張ってほしいよな。

山崎と暫し、会話する。
部員は1年生から6年生まで100人ほどらしい。
この日は5、6年は早朝練習で、もう終えており、1年生から4年生が楽しそうにボールを蹴っていた。
北小学校では練習だけで、試合はしないそうだ。
試合は芝以外ではほとんどやらんとの事。
「神奈川じゃあ、クレーで試合するだかいねぇ!
磐田じゃあ、芝でやらんと子どもが出てこんだに!」

けっこうなまいきじゃないかよ!
地方は豊かだよな!

横浜なんか、人口日本で2位なんていばってるんじゃあ話にならんだに!
まともにサッカーやる場所すらない。
まして子ども達がのびのび練習試合ですらできる芝のグランドなんて皆無だぞ〜〜〜ツ!
人工芝でさえ、日曜日ナイターでやったら2時間4万円近く取られる。
貧困だよなぁ!ーいやそうとうせこいよなぁ。
いやはや、どうしようもない!

静岡県には大きな川が流れていて、その河川敷はグランド、それも芝のグランドが多い。
神奈川の馬入川にはベルマーレのグランドだけが芝で、大神はクレーだし、小田原の相模川にもグランドがあるがこちらもクレーだ。

富士川、安倍川、大井川、天竜川、それぞれに何面もグランドがあり、ほとんど、芝でびっしりだ。
横浜だけでなく、神奈川県全体でもけっこう貧困だと思わざるを得ない。
都会都会っていばっているばあいじゃあないっていうの!
そんな事を感じさせる、山崎君の一言でした。

やまざきもワールドカップのドイツでソーセージにあたって、そうとうひどい目にあい、だいぶやせてしまったが、やっと元気になったようで、これはこれで一安心といった具合だな。
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by gsfc_aoshima | 2006-10-22 07:57 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

団塊の代表? 松永章

実は今夜は先輩、松永あんにゃ(じゃんがぁ〜)と酒を酌み交わす事になっていたンだけんど、オラの仕事が夜に入ってしまったんで1週のばす事になっちまった。
今朝の報知新聞に半面使って、このあんにゃのことが書かれていた。
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団塊の世代だった、60ぐらいのおじさんや、おばさんが今どんな事を考え、行動しているか、その代表でもある「かつてのあの人はいまどうしている」特集だな。

未だにこのおっさん達は頑張っているんだよ!
みんなも負けずに行動しようぜ!
しょぼくれていないで頑張ろうぜ!

こんなことなんだろうな
なるほどだな!

記事の中身は、大別するとこうなる。
かつて、「ハイエナ」と呼ばれ、あの釜本全盛期でも2年連続得点王を獲得した、松永章は、ビジネスの現場でも、サッカーの現場でも苦労はしてきたが、いまだに頑張っている。
「ハイエナは未だ健在なり」ーこんなことだな。

たぶん、50代で日本でいちばんのプレーヤーはこのハイエナであるのは間違いない。
シニア3連覇の立役者なんだから。
50代でも60に限りなく近い年代で、この調子なんだから、あと2年して60年代のサッカーでもno1はず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと揺るがない。

本人の言葉に、「中でもセンターフォワードは考え方から表現の仕方、すべてが集約されたチーム1の存在であるべき。代表なら最低でも国内で得点王は取ってみせないと。アシスト王でもいい。タイトルにこだわる事。いまなら大久保でしょう。etc」

なぜ大久保かって?
それは国内外の現役であんにゃとおんなじ高校3冠をとったセンターフォワードは本山、大久保と平山しかいないからだ。
おれと肩並べられるの現役ではこの三人だし、センターフォワードのタイプとしては大久保がじぶんにそっくりだということもある。

まあ、云ってくれるじゃんかよ!
その通りかもしれんな。

「生意気」がサッカーシューズを履いたような男だとも書いてあったが、そんなことぁない。
ただの生意気だったら、消えていたはずだ。
生意気だけでは日本のトップには、なれん。

「分別ある狂気の天才」ーこういってほしいな
いまだにその気概は失われていない。
今、日本サッカーに必要な男かもしれない。
by gsfc_aoshima | 2006-08-30 23:57 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

7/28 夜、8時頃、昔の会社の同期から電話あり。
「直助よぉ!、明日船の綱取りやってくれんか。11時頃着てもらいたいンだけんどよ」
「ほかにいねえのかよ。オラぁ仕事が忙しくて土曜日も休んでいられねえだ!」
「綱取りだけダでよ」

「綱取りだけ」の一言があだになったのは間違いない。
誰もいないーかわいそうだー頼りにされる−気持がいいかも−ほんの2、3時間だろうし。
結果は、いいわけないよなー18:30まで目一杯手伝う羽目になる。

かつて、オラ達が心血注いで作り上げた、55人乗りの中華レストラン船使っての横浜港内の定期船の男車掌みたいなもんをやることになる。
「海龍」という名の船
水上バスの綱取りとチケットの回収。
航路は大桟橋から日本丸、そして運河パークまでの3カ所を行ったり来たりだ。
休みもほとんどなく、おにぎり2個で一応、受けたからにはやるしかない。
とりあえずカメラは持っているんでパチり
ビヤガーデンと化した「氷川丸」
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お次ははるかかなたにベイブリッジ
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大桟橋には「にっぽんまる」が横付けされている。夕方出港だぞ
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そして、帆船日本丸の周辺の運河の中。ここはのんびりしている。
海面はおだやかだし、まさに異空間だ。
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結局、終わり頃は風も涼やかで気持がよかったものの、気の入れ方が中途半端なため、完全燃焼のお手伝いとはならなんだ。
「明日も手伝ってくれんかいね」
「明日は中学生を連れて試合にいかんといかんし、ちい〜と無理だやぁ。
他の人当ってくれんかいね。」

夜、留守番電話に「8/1の横浜港の花火大会のとき船乗って手伝ってくれんかね」
今度は生ビールの船上ウエーターかよ!
by gsfc_aoshima | 2006-07-30 17:45 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

こう毎日毎日サッカーばっかり見ていると多少疲れる。
仕事終れば一直線で帰る。
ひたすら、見る。
画面が大きいし、ハイビジョンだから見事なまでにきれいだし。
もちろん、24時まで見続ける。
すぐ寝る。
朝、4時に起きる。
そしてまた見る。
それでも1試合見てないわけだから、また、早く帰って見る。
19時に帰って来て、21時まで録画を見る。
これでやっと、その日のノルマを終了。

だから、夜、飲んじゃったりすると、どんどんたまってしまう。
休みの日に見るなんてことも考えられるが、休みの日はこれはこれで、サッカー現場に出ているわけで、むしろ忙しい。
まあ、試合を観ての緊張感もいっぱいだし、そうとう疲れる。

仕事も、電車ばっかり乗ってる時間のほうが長いんで、これでぐっすり眠れるからまあ、なんとか持ってるといってもいい。
今日も、これから沼津やら、富士やらに行く予定だ。
まあ、寝てれば着いちゃうな。

一昨日は、浜松町で松永章先輩と、今、仕事でお世話になっている沼野さん(松永さんの同級生で、藤枝東が昭和42年に三冠をとったメンバー)の3人で飲む。
いまでは、遠慮もなくわあわあいいながら飲んじまうが、このふたりはユース日本代表だったし、松永さんはフル代表でもあったわけで、オラが高校時代なんぞはまあ、遥か遠い存在だった。
しこたま、飲ませていただいたが、スペインの試合も見れる時間でおひらきになった。
これって、とってもいいことで、だらだら飲むよりも充実していた感じだな。

楽しい時間を過ごせたわけだが、松永あんにゃは、ブラジル戦を見に行くとの事、
まあ、うらやましい限りである。
奥様がピアノをやってる関係から、ザルツブルグでモーツアルト生誕250年のコンサートも行くらしい。
藤枝の田舎もンだった「あんにゃがクラシックかよ!」とおどろいたが、まあ、これはこれでとってもいいじゃん!   と、思った次第。
サッカーだけのヨーロッパでもなし、まあ、オラも来年あたりには行きたいなあと強く思う。

今朝は、スウェーデンが、88分、ユングベリのヘッドでパラグアイに勝つ。
観衆のほとんどがスウェーデンのサポーターだった。
すさまじい応援だったが、最後のヘッドはぜったい入る確信がした。
きちっと入るのがやっぱりすごい。
負けたパラグアイもそれはそれで、ほんといいチームだったが、この大会は第一戦のゴールキーパーのアクシデントやら、オウンゴールやらでついていなかったと思う。

うれしさ疲れというか、しあわせ疲れといおうか、至福の1ヶ月だな。
by gsfc_aoshima | 2006-06-16 06:55 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

オラが知ってるひとで、ドイツに行く人は今のところ3人だ。
このブログでもたびたび出てくる田舎の友人、山崎和雄。
このブログからリンクしている戸塚のドロコさん
それから映画配給会社のともえさん。
以上お三方である。

このお三方はもちろん日本戦のチケットを持っていない。
そりゃあ、日本の試合のチケットあれば見たいだろうが、ないからといってどうちゅうこともない御仁たちだ。
ワールドカップの現場にいることの幸せを共有したい根っからのサッカーアホなんであろう。
直助も山崎を通してチケットを頼んでいたが抽選にもれた。
残念だがそれも仕方のないことだ。

だからTVを新しくした。
地上デジタルというやつだ。
レコーダーも買っちまった。
でもドイツいく人には勝てんずら!

とはいえ現場に行ったときの鳥肌が立つような感動はTVでは味わえん。
もう、一日前からブラジルなんて大騒ぎだ。
サンバがなりっぱなしだしよ。
ブラジルは広い国だし、それなりに大金持ちもいるわけで5つ星に泊まっていても
そりゃあもうおお騒ぎ。
街中が興奮しているのがいいんだな。
今大会も試合当日はアルコールの販売はないんだろうか。
イタリアのときは町からビールがワインが消えたもんな。

要は大会期間中は国中がお祭りみたいなもんだから試合を見れなくたってそりゃあおもしろいわけなんである。

山崎君はミュンヘンを拠点に動くらしいんで、ドロコさんやともえさんにも現地で大いに盛り上げてもらいたいと思うんで泊まってるホテルをお知らせしようと思っている。
この山崎君、ワールドカップのために、会社を辞めるといきまいていたが、休暇をもらえたらしい。
だけんど、会社としても本音はやめてもらったほうが、うれしかったのかもしれんずら!
60近くなって会社を辞めてサッカー行きますといっても誰も止めないだろうな!
幸せなひとだいね。

昔、40年以上前に京都に修学旅行に行ったとき、バスガイドさんか教わった歌がある。

100たび聞いた山や川
夢に描いた寺や城
100たび聞くより目で見れば
1度でわかる面白さ
修学旅行は愉しい旅よ~~~~~~~~~~~ツ!


ドイツに行くだけでワールドカップが味わえる。いいなあ
by gsfc_aoshima | 2006-05-20 16:14 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

堀内正明さん

1月13日、横浜サッカー協会理事でもある堀内さんが亡くなられた。
実に残念だ。69歳だそうでまだまだだとおもうんだが。

堀内さんは横浜少年サッカーの親みたいな方であった。
少年委員会の委員長を30年以上つとめられた。
奥様の良子さんも事務局をやられ手弁当で委員長をサイドから手伝っていた。
横浜の少年サッカーの象徴みたいなご夫婦だ。
委員長を一昨年辞められてから闘病生活に入られたわけだが、おらも病院にもお見舞いに行ったりもした。
昨年の新春懇親会にも参加されてお元気そうではあったが、握手した時、ちょっと力がなくなったなあとちらっと思った。
この正月の、高校選手権の役員の欄に堀内さんのお名前が出ていたので、元気になってよかったなあと思ったりもしていたので、訃報を聞いたときはとってもショックだったのである。

とにかく、オラんチームも今年で20年を迎えたんだが、最初作るときは、堀内家にお邪魔して、良子ママから、いろいろ少年サッカーとはなんぞやからお話を聞いた。
さしずめ、少年サッカーの生き神様に参内してお話を聞くような緊張感があったのを覚えている。
何せ、サッカー少年12000名を束ねているんだから半端じゃあない!
そのぐらい、このご夫婦にはなにかすごいもんを感じたのである。
家の中は、少年サッカーに関するもんで埋まっており、その空いたスペースで食事をしているという状況でなんじゃいなという驚きだった。
すさまじいのは横浜100チーム以上からのひっきりなしの電話である。
電話が鳴りっぱなしなんである。
それを、この夫婦はてきぱきと片付けていく。
まあ、良子ママがほとんどやってるんだけんどよ。

以来、委員長にも奥様にもよいお付き合いをさせていただいた。
ご自宅にも何回もいってはお世話になりっぱなしだったなあ。

2年前、横浜の少年サッカーも人心一新になったわけであるが、だれも堀内委員長に辞めてほしいと云えないために、結局オラが委員長に『引退してほしい』と引導を渡した。
永久委員長のつもりでいた堀内さんは以来、元気がなくなったのは事実でもあり、
寿命とはいえ、死期を早めさせたんはオラかもなとも思っている。

今年の新春懇親会が日曜日にあり、仕事の都合でオラは出席できんかったが、チームは20周年の表彰を受けた。
堀内さんのいない、新春のパーティはちょっと寂しかっただろうな。
少年サッカー一筋40年の堀内正明さんのご冥福をお祈りいたします。合掌
by gsfc_aoshima | 2006-01-24 05:30 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

昔の仲間その2

昨夜は、早稲田サッカーの轡田大先輩、1級上の田中先輩、同級生の山岡、工藤、金城、3級下の堀尾の6人で飲む。
そのほかにも関係者多数いたが、サッカー関係はこの6人だ。

3級下の堀尾は昔からマサカっチャンと呼んでいた。
不思議な男だ。
ア式蹴球部は1年で退部したが、クラブにはずっと出入りしていた。
この男、岡山出身で、極端にやさしい、おだやかな、そしてテンポがゆるやかな事、この上ない。
そして、いつもにこにこしている。
山岡とふたり、おんなじ会社に就職して、苗場スキー場で働いていたときも、苗場に来て,社員寮に寄生していた。
それも1ヶ月もいた。
「キリギリス」というあだなの異様に背の高い早稲田の学生も寮に来た。
べつに、このふたりスキーするわけでもなく、まあ1ヶ月寝ていたと云うか、やどかりみたいな暮らし方をしていたのである。
食事はみんなから食券をもらって、アルバイトかのような振る舞いで食べていた記憶がある。

マサカッチャンはその後も、山岡家に下宿していたりして、生活していた。
得意のやどかりでだ。
OBからの招待試合で福島に行ったときも付いてきたので、むりやり試合に出てもらった事もある。

面倒見てあげないと気にかかってしょうがないという典型的なタイプで、その後も、「トンガ』というあだなのかわいい女の子の家に養子にはいっている。
宮本から堀尾にだ。
文字通りのやどかりなんだが、いまではそのヤドカリも大きくなって、トンガのおとうさんの会社を背負っているらしい。
みごとなまでのヤドカリ人生だ。
但し、あたまはつるつるになっちまった。
ヤドカリもそれなりにストレスがたまるそうでしてね。

昨夜は、ほんとひさしぶりにいろいろ話をした。
「直助サンにはメチャメチャ走らされた。
ひどい人だ。
鬼だった!」
一応、ごめんと云っておいた。
「でも、直助サン達以来、黄金時代が続いたんで、みんな良かったとおもっていますよ」
と、云ってくれた。

駅への帰り道、
「OB会に入ったら!。推薦するよ」
すこし、うれしそうな顔をしていた。

今夜は、早稲田の祝勝会が上野の東天紅である。
たかが2部の優勝と1部昇格なんで大騒ぎするほどのことはないのであるが、工藤から
どうしてもでてほしいとの話もあり、一応出席する事にした。
挨拶して欲しいと云ってるわけではなく、学生の飲み食い代が足らんらしいとの事。
「会費補充係かい!」

オラが、びしばし、むちでしばいた下級生が出てくるかもな。
楽しみだ。

おら達が1年生の時しばいてくれた4年生も出てきてくれたらうれしいいのにな!
しあわせなサッカー人生でして、ハイ!
by gsfc_aoshima | 2005-12-07 06:26 | 昔の仲間シリーズ | Comments(4)

昔の仲間

「アエラ」の今週号の記事は一連のマンション構造疑惑というか、姉歯問題についての特集だった。
有力建築家の暴露座談会「マンションは怖い」を読む。

「アエラ」を買って読むのは2回目だ。
最初は、オラが語った記事がでた時、そして今回。
座談会のメンバー全員が昔の仕事仲間だったからだ。

天才建築家の竹山氏と團氏、そして日本を代表する構造建築家になっちまった今川氏。
なつかしい顔ぶれだ。何回もプロジェクトを組んで仕事をした。
今川サンなんか、今のほうがわかわかしい顔をしていたのにはびっくりする。
15年前から同じ顔だったのに今のほうが若い。
頑張っているなという感じがする。

竹山氏は意匠が得意なんで、もちろん、構造なんかほとんど考えちゃあいない。
それを、今川氏が必死に構造を考えて作品を作り上げていた。

オラぁ、その頃から構造の大事さを知ってはいた。
今川氏の考えた構造計画をなんとか商品にならないかという企画をずっっと考えていたが、それもバブルの崩壊とともにどっかに行っちまった。
でも、みんな、日本を代表する建築家になったわけで、こういう人と企画し、仕事をこなしたというには、オラの考え方の基本になっているのかな

けっこう、昔から言っていたことを、この記事でも述べているが、本音でしゃべっているなという気がする。
構造担当者が、手抜きをするなんて到底考えられないものみたいのが建築界に流れていたのは事実で、それがなによりショックではある。

欠陥マンションを買わされてしまった人達を運が悪いだけではすまされないが、どうにもこうにもならないなというのが実感だ。
ほんとはどれだけの欠陥マンションがあるか、想像もつかないが、わからないほうが幸せなような気もする。
悲しい事だけんどよ。
地震がこないようにと祈るしかないのかなあ。

アスベスト問題もほんと大きな問題なんだが、どっかに飛んじまったようでもある。
こっちだって、相当深刻な問題であるわけでして。

昨夜、山形を退団する事になった外池から連絡有り。
腹が据わっているのか、いつもの外池以上の明るさと、声に力があった。
トライアウトやら、セレクションをガンガン行くとの事。
ええやないかい!
「おれはまだ十分やれる!」という確信があるということだな。

必ず、お声がかかるずら。
今シーズンの切れ切れを感じているひとはいるはずだ。
それがわからんスカウトは直助以下の「眼」しかないな。
オラでもわかるんだから。
1回見れば、こいつがどこまでできるかなんて、最近のおらには予測やら予感めいたものさえ出てきているんだから。
by gsfc_aoshima | 2005-12-06 06:51 | 昔の仲間シリーズ | Comments(0)