カテゴリ:昔の仲間シリーズ( 59 )

高校時代の仲間

昨夜、高校時代のサッカー部の同期の大杉から電話がある。
オラァは電話とるなり「だれか死んだだかね!!」007.gif
大杉は「だあれも死んではいないだけど、おらたちも60になって仕事も辞める奴も出てきたし,一度みんなで会わまいか!ということに大庭と決めただけど12日の夜、磐田駅19時集合だけど、来てほしいやぁ」

大杉は高校を出て現役で立教大学経済学部に入学した。
入学式に学部新入生を代表して答辞を読んだそうな。
成績が一番だったらしい。

そして立教のサッカー部に入部した。
3年生の時は大学サッカー界では無敵で天皇杯も準優勝し,この試合は出れなかったがベンチにはいた。
4年生の時はレギュラーで頑張っていた。
卒業の頃は教授のご自宅に挨拶に廻るので大忙しだったとのこと
バナナ持参でよ!!
バナナで教授を泣き落とし卒業させてもらった強者だ。

昔はバナナの房はセレブの代名詞みたいなもんだった。
オラなんか小さい時はオヤジと東京見物に来て,先ず最初に乗るのは、はとバスで東京見物。
そして神田あたりのちいさな旅館で1泊し,次の日は上野アメ横に行き,バナナの叩き売りのおじさんのとこに行ってバナナを買うのが楽しみだった。
みんな群がって買うので,どのタイミングで「買ったぁ!」というのが難しい。
値段が下がっていくもんんだでよ!
バナナを上野で買ってわざわざ磐田まで持っていく。
アメ横のバナナはそんじょそこらのバナナと違う。
房からオーラが出ているし、姿形が見目麗しいのだ。

そのぐらいバナナは庶民のあこがれだったし、大杉もいい手を使ったと感心したもんである。
なかなかいんにぃ!
バナナで大学卒業した奴って。

オラみたいに,卒業マジかになって、保健体育の試験を受け忘れ、事務局でおもわず「その試験の日はじいさんが火事で焼け死んで急遽田舎に帰って試験受けれませんでした」とかなんとか自然に口から出てきて、事務局員の涙を誘い、「そりゃあたいへんだったよな!なんとか事情を先生に話してレポートでもいけるかどうか聞いて上げるよ」
そして無事、レポートで卒業出来たけど!

そのころじいさんは本当に火事で焼け死んだのは事実だ。
その日ではなかったのも事実だけど!
じいさん殺して卒業した奴もなかなかいんけどバナナもいん!!!

どっちにしてもオラも大杉もきわめてサッカーにうつつを抜かし,ほとんど大学では勉強はしなかった。
ていうか、当時は学園紛争真っ盛りの頃で、早稲田でもオラ達はほとんど4年間試験がなかったし、試験の頃になると学校がロックアウトだったし、卒業式もなかったし、まあ学校も学生も歴史上もっともいい加減な時期と言うか、やる気もなかった頃だったろうし、どうでもよかったんじゃあないかな。
今なら絶対卒業出来なかったと思う。

そのじいさん火事で焼け死んだ話は以前このブログで書いたかどうか定かではないが後日詳しく書いてみたい。

話を元に戻すと、大杉とは、ほんと若い頃から磐田駅で待ち合わせしていた。
ナンパに行くといっては駅で、ピンサロに行くといっては駅で、フィリピンパブに行くといっては駅で。
もうこの3つしかないのである。
大杉君、どこにいくのよぉ〜〜〜!!
居酒屋にまじめに行くとは思われない。

12日は終日、保土ヶ谷区の小学校対抗フットサル大会がある。
13日は9時からキッズの練習、昼は3女の結婚相手のご両親とお食事会なんぞもあったりして、そりゃあもう大忙し。
もし行くとなると、16時に保土ヶ谷を出て220キロクルマで走って、その日は実家に泊まって
日曜の朝、5時に出発せんといかんのである。
日程的にどう考えても無理がある。

だから大杉に言ってやった。

『行く!』
by gsfc_aoshima | 2009-09-04 07:45 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

新しい仲間

ちょっと前の話だが、5月15日お誘いがあって関内で飲んだ。
うちのチームの選手で、現在中国に留学中の上山クンのお父さんのお誘いに乗った。
Cobraから江原代表、笠原監督、そしてオラ。
上山さんがお連れしたのは会社の同僚の池谷さん、そしてC千葉なのはなの高橋さん。
池谷さんは法政のサッカー部51年卒のOBだ。
うちの笠原監督も池谷さんとは入れ替わりなんだが法政のサッカー部なんで話は弾む!
高橋さんも、Jr.ユースでは千葉の名門の方なんでうちなんかはまだまだひよっこだ。
Jリーガーの米倉や山崎亮平を生んでいるからオラ達から見たらあこがれだ!
高橋さんのご子息ユウタクンはア式のOBで八千代出身の平成16年卒でもある。

江原さんちの宏はユウタクンとは学年が一緒で八千代がインターハイで優勝した時、逗葉高校の選手で仙台で戦ったときの関係もあってさらに盛り上がった。

そしてオラがア式の4年生の時、ほんとに古い話で申し訳ないけんど、1972年10月8日、つまり37年ぐらい前、西が丘サッカー場での関東大学サッカーリーグ第3節早稲田VS法政の一戦で
池谷さんとトイ面でサッカーをしているのである。
オラが4年生で池谷さんが藤枝東高校出身の1年生として。

この話はほとんどその場ではしなかったけんど、オラはこの試合のことを昨日のことのように覚えているのである。
この話は明日しよう!

ともかく、上山さんのおかげでほんとに楽しい時間を共有できたと感謝している次第です。
悪酔いもせず、食事もおいしく、久しぶりにいいお酒だった!
おなかまが増えたり、身内でないのに結婚式にお呼ばれしたりということは、じじいにはなかなかないことだからこれもサッカーのおかげなんである。
サッカーに感謝!!!
by gsfc_aoshima | 2009-06-05 09:16 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

武男ォ健在

5月10日、町田市営陸上競技場にJFLの試合を観に行く。
この日はこれだけのための一日だった。

試合の方は町田ゼルビア(1−1)V・ファーレン長崎の結果だったが、長崎の出来があまりにも悪く、よく引き分けですんだなという感じだった。
武男とは天皇杯で平塚であって以来だから、1年半ぶりぐらいかもな!
暑くて大変そうだったが、プレーの質は悪くなかったし、遠くを見れるプレーぶりはさすがだったし、だからオラァはとってもうれしかった。
次は横河とのゲームだがまた来よう!
b0005596_6465941.jpg
b0005596_6472624.jpg
b0005596_6474319.jpg
b0005596_648267.jpg
b0005596_6481611.jpg
b0005596_6482814.jpg
b0005596_6484035.jpg
b0005596_648521.jpg
b0005596_649467.jpg
b0005596_6491790.jpg
b0005596_6492962.jpg
b0005596_6494114.jpg
b0005596_6495376.jpg
b0005596_650459.jpg
b0005596_6501857.jpg
b0005596_6503169.jpg
b0005596_6504760.jpg
b0005596_651060.jpg

by gsfc_aoshima | 2009-05-14 06:51 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

高校生になって1ヶ月

5月8日、小淵沢の帝京第三高校のサッカーグランドに行く。
9日が関東大会山梨予選4回戦の試合があるらしく、その調整のような感じだった。
昨年グランドが人工芝になったせいなのか、どうなのか帝京のサッカーが明らかに変わったようだった。
蹴らずにつなぐサッカーに変わっていた。
大きな変革かもしれないと思った。

3年生になった俊介は右サイドのMFでレギュラーポジションで自信溢れるプレーをしていた。
b0005596_649429.jpg

話も交わしたがきわめて明るい田舎の高校生ぽかった。
いいことだと思う。
2年生の素谷と1年生の晴哉とはすでにグランドに出ていたので話が出来なかった。

圭とタカともちょこっと話をしたが応対ぶりが1ヶ月前とはだいぶ変わって、きちっとしたうけ答えになっていた。
逗葉Jr.ユース出身の海人とも会えた。

これからの成長が楽しみである。
このチームは必ず、選手達は統一した練習着で練習している。
ストッキングがバラバラだったり、シャツが各自勝手なものを着ているということはない。
どうということはないがこういうことも大事なことなんだなあと感じた。

b0005596_6581284.jpg
b0005596_6582936.jpg
b0005596_6584824.jpg

by gsfc_aoshima | 2009-05-11 06:58 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

古田篤良のこと

古田は1971年、広島大学付属高校を卒業してアホ式蹴球部に入部してきた。
オラが3年生のときの1年生である。
碓井はその1年後輩だ。
3月末からユース代表で東南アジアに行ってたので4月中旬に初めて会う。
広島弁丸出しなんだが、育ちの良さが顔に出ているし、アイドル系の顔をしていた。

足もほっそりしていて、ふくらはぎなんか筋肉ついているのかという感じだった。
だけんど不思議なことにあの足であのキックはなんなの〜!という驚き

まさに「どんだけ〜!どこまで飛ぶのよ!」
そして大学1年生で日本代表のレギュラーを取る。
いつもにこにこ誰からも愛される選手だったと思う。
とにかく大学の練習よりも日本代表の合宿に行ってる方が多いような感じだったし、オラたちが最上級生でインカレを取ったときの準決勝の法政大戦で右45度ハーフライン上から5メートルあたりから打ったゴールはいまだに目に焼き付いている。
あのゴールがなかったら、法政にも追いつかなかったわけだし、インカレの大商大戦もなかったわけだ。

長らく日本代表のDFと活躍したが、日本サッカー界NO1のロングキッカーなのは間違いない!
それから、あいつほど学校に行かなかったプレーヤーもなかなかいん!
写真を探してみよう!
by gsfc_aoshima | 2009-04-22 08:30 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(1)

大前さんのこと

那須塩原で仕事をして泊りは宇都宮のビジネスホテル。
もう二泊した。
今朝も4時50分に起床した。
寝た時間はわからない。
たぶん21時頃にはコトンと逝っていたのかもしれない。

そしてパソコン持参なんでメールのチェックやらこのブログを書いたりも出来る。
横浜にいるのとまったく変わらない状況だ。
ただ朝のショウガ紅茶黒糖入が飲めないだけだ。
サプリメントを忘れてきて飲めないのも日常と違う。

ショウガだって今は粉末のもあるし、便利な世の中になってくれたおかげでたぶん、日本国内どこにいてもあんまし距離感がなくなっているのかもしれない。
ここんとこ海外にいっていないのでそこらは違うかもしれんがネット環境さえ可能だったら、海外でさえも距離感はなくなるのかもしれないと思った。

今朝もこのビジネスホテル内洗面室のバスタブで滝修行をする。
斎戒沐浴、汚れをとる。いや穢れをとる。
汚れも穢れもかなで「けがれ」とパソコンで打つと出てきてしまう。
中身は微妙に違うわけで、よごれも穢れもと云った方がいいかもしれん。
「天照大神、此花咲くや姫から大国主命、その他やおおろずの神々、オラにほんの少しばかりのちからを〜〜〜〜〜〜!横浜GSFCクラブに多少の幸運をお願いいたしまする〜〜!」
まあこんなことをお願いしてからに、パソコンの扉を開けたわけである。

メールを確認したら、慶応OBの坂本さんからのがあった。
オラァはどんどん実名で書くことにしている。
別に個人の情報公開がどうだのこうだのはオラァにはどうでもいいことなんである。
この3月に亡くなった大前さんのことが書かれていた。

大前さんは和歌山の新宮出身だ。
49日の法要も終わり、無事納骨も済まされたとか。
大前さんは独身だったんで、すべてのことはお兄さんがされたそうだが、骨壺にオラが3月に大前さんのことを書いた内容をプリントして骨壺に納めたとか。
なんでそんなことをお兄さんがしたのかはおらにはわからんが、あれに書かれているのは「ルーマニアのキンパツが好きだった大バカ野郎!」と書いてあるんだぜ。
霊界に行き、これから修行しなくてはいけない大前さんの気持がグラリと来ないか心配ダニ!
日本の女性とも付き合っていたのも知ってはいたが、ここんとこ東欧系だったし、こんど生まれ変わってくる時は日本ではなく東欧がいいかもな!
新宮は熊野にも近いしあまりにも霊験新たかな地でもある。
大前さんにはあんまりにも縁がないような場所ではなかったか。
まだ行ったことはないが、「新宮」という地名そのものにも神様の力を感じるのである。

とはいえトワエモア、大前さんとはここんとこ笑ったり、怒ったり、多少のことは目をつぶったり、いい関係だっかかもしれない。
残念なのは、今、オラが飲んでいるサプリメントはとってもからだにいいんで飲んだらいいぞと5年も6年も前から言っていた。
たしか、一瓶だけ買わせたことがあるが、ゼンゼン飲まなかった。
そういう意味でほんと残念なんである。
死んでからでは遅いのである。
たぶん大前さんも49日が終わってあの世の高いとこに行く際には、事務所に置いてあったサプリの瓶を持っていったのかも!
遅いって!

ご縁があったということは、たぶん前世でもご縁があったと思うし、これからまた生まれ変わって会うこともあるだろう。
その時まで楽しみにしておこう!
「直助、お前もキンパツ好きそうだが、大前とおんなじルーマニアで生まれ変わるのか!」って?
いやいやオラはこの神代の国の日本で、それも霊験新たかな地がいいかなあと思っているわけで、そん時は「新宮」なんかいいかもな!
ルーマニアはツアーで行って、女性に生まれ変わった「カズヤビッチ・オオマーエェ」に逢えばいい!

バカ言ってないで、時間が出来たら、お墓参りを兼ねて新宮に行ってこよう!
すべてがご縁なのだ!!!
by gsfc_aoshima | 2009-04-16 06:27 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

本日

喪中
by gsfc_aoshima | 2009-03-05 07:12 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

虫の知らせ

二日続けて大前サンに電話するなんてこともなかった。
なぜか気になって電話した。
そんときは生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだろうな。
「直助!会いたい!」ということだったのかなあ。

ほんと残念です。
今夜はお通夜に行って、みんなで大前サンのことを語りたいと思っている。
ゲームやっていてあれほど走らない人もいなかった。
でも足元はうまかったよな!

ご冥福を祈ります。
by gsfc_aoshima | 2009-03-04 06:32 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

悲しい報せが来た

ガツ〜〜〜〜〜〜〜んときた
今年最大のガツンだ。
以下の通り

WMWメンバーの皆様

KBFメンバーの大前和也が肝臓癌にて3月1日永眠いたし
ました。(享年63歳)
ここに生前のご厚誼を感謝し、謹んでご通知申し上げます。
なお、通夜、葬儀・告別式は下記のとおり執り行います。

                記

・通夜        3月4日(水)午後6時〜7時
・葬儀/告別式   3月5日(木)午前10時〜11時
・式場        中央区立セレモニーホール
             中央区勝どき1-13-19
             電話03-5560-0611
            http://www.faith-ceremony.co.jp/tyuuoukuceremo-map.html

・喪主        大前 卓也様(お兄様)

以上

大前サンは慶応のサッカー部のOBだ。
相当親しくしていた。
なぜか馬があっていた。
サッカーでも早稲田と慶応のOBで作った「WKユナイテッド」のメンバーだったし、シニアの早慶戦でもなんども一緒に汗を流した。
仕事もご一緒するようにもなっていた。

もちろんガンだったのは知ってはいたがそれほど緊急を要するようなそぶりもなく、2週間ほど前にも電話で話していた。
ちょっと気になっていたので、一昨日も昨日も携帯に電話した。
留守番にも入れておいたが返答がなかったのでどうしたのかなと思っていた。

そしたら、昨夜遅く慶応の坂本サンからの今回のメール
急に逝っちゃったのかなあ!
結婚もせず、長い間、お母さんの介護をされていた。

けっこうめちゃくちゃな人だったが、そんな大前サンが好きだった。
好き勝手に生きているようだったが、そんな大前サンが好きだった。
ノートも取らず、住所録も書かず、みんなの名刺を分厚く持ち歩く大前サンが好きだった。
電話に出ないと留守録には必ず「女と遊んでんじゃアないよ!」と残している大前サンが好きだった。

つきあう彼女は最近はロシアとかルーマニアとかの金髪が多かった。
あやしげなイラン人の絨毯屋を紹介されたこともある。
やばそうなブローカーの日本人も紹介された。

そうだぁ!めちゃくちゃな人だったよな!
だけんど、なぜかみんなに愛されていた。
いたずら小僧のままで逝っちゃった。
泣けてきて涙がとまらない。ちきしょう。

合掌
by gsfc_aoshima | 2009-03-03 07:52 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)

ほっとしたこと

昨夜、超うれしい電話があった。
原田武男君からだった。
武男君は長崎よりJリーグを目指しているVファーレン長崎の在籍しており、37歳にして現役、主将をつとめ、Mr.長崎ともいわれている。
まあ鉄人だに!
オラとの付き合いは彼がア式の1年生の頃からなんであしかけ20年近くになる。
フリューゲルス時代はよくうちのチームの子供たちがお世話になった。
李園仲間でもある。

Vファーレン長崎は9月7日のホンダロックとの九州リーグ最終節で引き分けPK負けを喫したけんど、リーグ2位で全国社会人地域決勝リーグ1次大会の切符を手にすることが出来た。
オラァもだいぶ気にしていたんだが、ホームページ見ても出ていないし、結局、日曜日の深夜になって長崎新聞のホームページで確認することが出来た。
良かったなあと思っていた。

そしたら昨夜の電話である。
「おめでとう!」といったら
「結果出さないと電話出来ませんから」との武男君らしい言葉だったし、とりあえずほっとした、そして明るい声だった。


Vファーレン長崎は国見の監督だった小嶺先生が社長をつとめ、武男君がチームの大黒柱であるだけに県民の皆さんの期待も大きいんだが2年前の地域リーグ決勝大会では涙をのみ、昨年は決勝大会すら出れなかった。
同時期に目指したFC岐阜やロアッソ熊本はすでにJ2だし、この地域リーグ−九州リーグーとが大きな壁になっている。

いわゆる苦い水を経験しているだけに、これから迎える全国地域リーグには大きな期待をしたと思っているわけだ。
天皇杯決勝のフリューゲルスの最後の試合やら、幾多の経験をしてきた武男君の力がチームを支えているだいね!

楽しい会話が出来てほっとしたし、とにかく頑張ってほしい。
by gsfc_aoshima | 2008-09-09 05:03 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(3)