2013年 12月 10日 ( 1 )

親父と東大

オラァん親父は大正9年生まれ、もうすでに14年ほど前に亡くなっている。
成人式の日に餅を喉につまらせ、そのまま意識戻すことなく2ヶ月後に亡くなった。

今朝は、その親父のこと。
親父は静岡県袋井市の小作農家の次男として生まれた。
性は「鳥居」というが鳥居元忠がご先祖様というわけではないだろうな。
武士でもないし、百姓だし。

尋常高等小学校を卒業して14歳で上京した。
尋常小学校は6年でこれは義務教育で、その上が高等小学校でもう2年だそうだ。
今の中学2年生までということだな。

東京は本郷近くのメリヤス問屋に丁稚として奉公したそうだ。
配達をしたり、小間使いとしてうろうろしていたんだろうな。

牛乳瓶の底みたいなメガネをして、和服でハンチングをかぶって、写真館で撮った18ぐらいの写真を見た記憶がある。
オラにそっくりでびっくりした。
その問屋で徴兵の赤紙が来たそうだ。
親父の青春はメリヤス問屋と軍隊、そして終戦というわけだ。
大正生まれの人は、そういう人が多いよな。
明治と昭和の狭間で、戦争で3人に1人は亡くなっている。

オラが中学生のころ、酒が入ると、かならず「オラは東大の門をくぐっていた」と云っていた。
子供心にスゴいなと思っていた。
自由に行き来出来る「赤門」をくぐっていただけなんだが!

一昨日、東大にサッカーの試合で行き、妙に興奮したのも、80年近く前、親父の青春時代がこのあたりにあったんだなということを思い浮かべていたのかもしれないし、オラのなかに存在する親父のDNAが懐かしがったのかもしれない。

だから、いつも親父やお袋が自分のそばにいるような気がするのはそういうことなんではないだろうか。
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by gsfc_aoshima | 2013-12-10 09:05 | 人物 | Trackback | Comments(0)