「武男サンあっての僕ですから!」

武男君たちのVファーレン長崎の選手たちは石垣から長崎直接ではなく、福岡まで飛行機で行き、それからバスで長崎まで帰ったらしい。
ひとごとながら、いい加減にしてほしいよな!
そんな不便なとこで試合する意義ってなんなの!

本題に入ります。

オラと原田武男とは20年違い、武男と外池大亮とは大学4年生と1年生の関係。
武男と最初に会ったのは、彼が大学1年生の夏合宿ーこのときはア式の監督は古館さんで今井現ア式監督がコーチだった。−八ヶ岳の五光牧場で行われた時にオラは差し入れを持っていった時、声をかけたのが最初である。
その時、ジュースを買えと云ってマネージャーに少しのカネを渡したが、その夕方が合宿最後の夜だったので、ビールも差し入れした。
大宴会になっちまった。
なかなかいないだに!合宿でビールを差し入れする先輩って!
話を戻そう。

そしてあっというまの20年が過ぎた。

外池大亮こと、トノはフリューゲルスに武男が入って1年か2年してから、オラと会った。オラが中華街で露天商の花屋を営んでいた時にたしかつれてきたから、もう15年近くになる。

大学のクラブの先輩後輩の関係になるのだが、オラが一番上だからといって、いばっているわけではないし、もちろん命令なんかしたことはないし、その枠は飛び越えていると思う。
いつも友達のつもりで接している。
ただし、武男とトノの関係は4年と1年なんで、かつトノがなぜか「武男サンあっての僕ですから」なんていつも云っているのでこれは特殊な関係になる。
命令は絶対のようなんである。
聞くもみじめ、話すもみじめなようなこともあったらしいが、トノの口から出るのはとにかく「武男サンあっての僕ですから」が口癖なんであるし、事実そんな感じがする。

トノがJリーグに入ってからなにかあるとまず相談するのが武男だったし。
昨年ベルマーレでプレーしていた時、天皇杯でVファーレン長崎とやって武男と話をしていた姿はまさに昔の4年生と1年生の感じそのものだった。
武男の近くに寄れないんだから。
ほとんど直立不動状態だし!
ベルマーレの選手会長なのに!

考えてみれば、武男もフリューゲルスから始まって幾多のチームを経て、長崎県リーグから九州リーグへのステップの時、今のチームに合流して、今回JFLまで登り詰めた。
来シーズンは39歳になる。

トノも多くのチームを経て33でベルマーレを退団し、一般の会社に入り、そして県リーグからおなじく関東リーグへのステップの大会の時、うちのチームに参加してくれた。
武男のチームは1回で九州リーグに上がれたけんど、トノはあと1勝で涙をのんだ。

でも生き方がまったく似ているのである。
アビスパをやめて半年ぐらい経った時に元国見高校監督で現Vファーレン長崎の社長である小嶺先生から「手伝え!」
命令であるから、やるしかないよね!

ベルマーレをやめたその日にオラも外池を誘っている。
「うちでやらない?」
命令ではないから、もちろん断わられている。
でも会うたんびに「うちでやろうよ」
「みんな待ってるし!」

そんなことが半年以上続いた
でも想いはみんな一緒なんだよね!
想いの強さって大事なんだよな。
そしてうちのチームに参加してくれたのである。
きっとトノも武男の後ろ姿をいつも見ているんだろうと思う。
by gsfc_aoshima | 2008-12-02 06:51 | ワセダ | Trackback | Comments(0)
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