スーパースターの死

昭和42年の春だったと思う。
クレージーキャッツが浜松に舞台巡業に来た。
僕は楽屋口に行き、マネージャーを呼んでもらった。
そしたら、僕には見知った人が出てきた。
「にいちゃん!なんか用かぁ?」
「あのぅ、植木等さんに弟子入りしたいのですが」
学生服姿の僕を見て、その付け人は
「高校生だろ! 学生の本分は勉強だぁ。しっかり勉強しな!」
僕はそれ以上の言葉も、返す言葉も出ず、すごすご楽屋口をあとにした。
そん時、応対してくれた付き人は、まだ当時全くの無名な小松政夫だった。

きのう、植木等先生が亡くなられた。
そう!僕はそう呼びたい。
悲しい、とっても悲しい!
僕は昨夜、家に帰って来てこの訃報を聞いてからうろたえている。

過去最高の日本一のミュージカルスターだ。
歌舞伎役者の中村勘三郎や市川団十郎だって敵わんと思う。
すばらしく無責任な歌声だった。
1回聴いたら、すぐ覚えらられる歌詞とリズム。
スマップやらトキオやらV6や嵐やタッキーやら歴代の光源氏やら少年隊を含めジャニーズ事務所総動員+「ドリフターズ」を足して、寄ってたかっても「ハナ肇とクレージーキャッツ」には太刀打ちできんだいね。
もうなんもいう言葉も出ん。

小学生6年生の時に「スーダラ節」に始まった。
♪ちょいと一パイのつもりで飲んで いつの間にやらはしご酒
気がつきゃホームのベンチでごろ寝
これじゃからだにいいことぁないね
わかっちゃいるけどやめられない
以下省略

「ドント節」
♪サラリーマンは気楽な家業ときたもんだぁ
二日酔いでもねぼけていても
タイムレコーダー ガチャンと押せばどうにかカッコがつくものさ
以下省略で
ア ドンガラガッタ ドントドントイキマショウ

この、ア ドンガラガッタがたまらないよな

「五万節」
「無責任一代男」
「ハイそれまでよ」

「これが男の生きる道」
♪帰りに買った福神漬けで、ひとり寂しく
冷や飯食えば、古い虫歯がまたまたうずく
愚痴はいうまい こぼすまい
これがおとこの生きる道

「しょぼくれ人生」
「いろいろ節」

そしてなんといってもクレージーの最高傑作はこれだぁ
「ホンダラ行進曲」だずら!
♪一つ山越しゃホンダラッタホーイホイ
も一つ山越しゃホンダラッタホーイホイ
越しても越してもホンダラホダラカホーイホイ 
どうせこの世はホンダラッタホーイホイ
ならばみんなでホーンダラッタホイホイ
ホンダラダ ホンダラダ ホンダラホダラダ ホ〜イホイ ♪
ホンダラホダラダ ホンダラホダラダ ホンダラホダラダ ホ〜イホイ ♪
ホンダララッタ ホンダララッタ ホンダラホダラダ ホ〜イホイ ♪

ビートルズにもひけをとらない、まさにまさに哲学なんぞはわからんけんど、哲学的といってもいいのではないだろうか。
「レットイットビー」や「イマジン」とだっていい勝負だ。

「学生節」

「めんどうみたよ」
クレージーの股旅もんずら!
♪背なに満月 さげをのたすき
かわいい子分にゃ 赤城の山も
これが最後か見納めか

もはや名曲ばかりできりがないので曲名だけ紹介だ。
オラの知ってる奴というか、レコード持ってるやつだ

「バカは死んでも直らない」
「ほら吹き節」
とにかく映画も最高だった

「だまって俺についてこい」
「無責任数え歌」
「ごますり行進曲」
「悲しき我が心」
「遺憾に存じます」
「なにがなんだかわからないのよ」
「しびれ節」

もうきりがないのでやめます。
青島幸男の歌詞と萩原哲晶のメロディ
A面もB面もすべて大ヒットだったし、いまでも歌詞見なくてもメロディ聴けば
あたまんなかの引き出しから歌詞が出てくる。

そして植木等の意味もなく無責任っぽい爽やかと云うか乗りの軽い歌声
もはやそれは僕らの青春そのものだった。
ああいうおとなになりたいと思ったもんな。
マジにだ。

まさにスーパースターだったと思う。
これ以上のエンタティナーは出ないと思う

三途の河原で「お呼びでない?お呼びでない!こりゃまたぁ失礼いたしやした」といって、青島幸男が待っているお花畑の向こう側にいくんだろうな
ハラホロヒレハレーハラホロヒレハレー、バケツがドン!
合掌
by gsfc_aoshima | 2007-03-28 06:59 | 高尚な話 | Trackback | Comments(0)
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