昔の練習メニュー

昨日、うさぎ跳びやら、差別用語のイザリなんぞを書いていたらいろんなことの記憶がよみがえった。

それは、昔々の事であった。
大昔、そう38年前の夏、というか春〜ずっと、新人達がやらされていた練習メニュー
まず、なんといってもインターバル。
グランドのゴールラインからむこうのゴールラインまで16秒以内でヨーイ丼ではなくてヨーイドン。
帰りは40秒以内で戻る。
そしてまたヨーイドン。
ワセダはこればっかしだった。

高校時代の恩師はいまの筑波大でもある東京教育大出だったから、科学的でかつ合理的だったと思う。
時代の最先端をいっていたのではなかろうか。
だけど、ワセダは、ひたすら百姓一揆がだいすきだというこんで、こんなインターバルなんぞを毎日、それもすべての練習を終えたあとで、新人(1、2年生のことをいう。2年生は夏合宿が終るまでは新人扱い)だけ集合してやらされていた。
百姓一揆サッカーとは異論もあるかもしれんが、僕的に思うに、ひたすら走って走って、GKめがけて突進し、GKがファンブルしようもんなら、ゴールに。GKごとなだれ込むようなことだろうか。

最近、大学の練習を見ていると、けっこうグランドの周りをぐるぐるうれしそうな顔をしてクールダウンをしているのをよくみかけるが、僕らの時代はあまりそういうのはしなかった。
練習が別メニューで、ひたすらグランドを廻るのは、いた。
門限に遅れて合宿所に帰って来たもんの別メニューだ。
これはしんどいぞ!
練習のはじめから新人特訓が終るまでだから、都合4時間ほどグランドただただ廻っているだけだ。

僕も1年生のとき1度だけ、朝帰りで廻った事がある。
デモ隊に興味があって、代々木公園まで覗きにいったら、ヘルメットと手ぬぐい渡されてデモに飛び入り参加してしまった時だ。
学生運動の盛んな時代でもあったんで、毎週渋谷近辺ではデモ隊と機動隊の衝突があった。
僕も、物見遊山で同期の山村とノンポリではあったが、なぜだか参加して、催涙弾を投げ込まれ、涙ボロボロ、機動隊への怒り凄まじく、一夜限りの学生活動家になったわけだ。
19の春だった。

インターバルに話を戻そう。
ひたすら、クールダウンの要素は全くなく、さらにハードなインターバルなのだ。
もちろん、クールダウンなんぞは全くしない。
暫し倒れた後、グランド整備をして、風呂に入っていた。
それも砂だらけで、お湯が10センチぐらいしか残っていない共同風呂だ。
特に、ラグビー部員が入ったあとの風呂は悲惨だった気もする。

それから、うさぎ跳びもよくやった。
縦105メートルのタッチラインをうさぎ跳び、横のゴールラインサイドはラン。そしてつぎは手押し車。ラン、次はイザリ、ラン、肩車、ラン、幅広スキップ、ラン、けんけん、ラン、バックのけんけん、ラン、うさぎ跳び〜〜〜〜〜〜〜〜〜延々、いい加減にしろ!
涙も出ん!

よくやめなかったもんだ。
とはいえ、うさぎ跳びの青春なんぞはまだまだ甘く、ぼくらの青春はインターバルだったと記憶している。
これだから、点滴つけたままでも、どうちゅうこともなく、グランド来ちゃうよなぁ!!!!!
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Commented by 直助さんの後輩 at 2007-02-14 10:20 x
バレンシアでトレーニングしている3選手の関連記事です。ご参考にお送りします。

http://www.valenciacf.es/noticias/prelimin.asp?idnoticia=12266&idioma=1&IdBanner=Aleatorio

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070214-00000024-sanspo-spo

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070213-00000019-spnavi-socc
Commented by まこと at 2007-02-14 22:57 x
ご無沙汰しております、秋田のまことです。
いまだに夢をみます。「13,14,15,16・・・あぁああ!!!」
あれから35年。。。
今、あんなことしたら絶対に訴えられますよね (^^;
でも、鬼助先輩に感謝すれど恨んでなんかいませんから・・・
by gsfc_aoshima | 2007-02-14 07:18 | ワセダ | Trackback | Comments(2)