菅平合宿ー昭和44年夏

この話は真実であって、けっして面白くしたり、誇張したりした話ではなく、本当にあった話である。

夜逃げ事件
月形と云う、同級生が逃げて、そのまま退部になった。
別に退部届けを出さんでも、もちろん退部になれるわけで、引き止めなどももちろんない。
月形はとってもおもろい奴で、その後、卓球部に入って、いまでも福岡で卓球道場なんぞを経営している。
サッカーだけが人生ではないぞ! といういい見本だな。

しょんべん事件
シーツは結局変えずじまいでそのうち乾いていた。
どうちゅうこともない。
5日間、ふとんは敷きっぱなしだからよ。
もちろん、びしょびしょになっちまったパンツは洗ったけんどよ。

サロメチールの活躍
いまでもときどき使用するが、その頃の筋肉消炎剤といえば、ゼノールを貼るか、練習前にサロメを塗るかのどちらかで、部室の中はサロメのニオイが充満し、そりゃあ大活躍だった。
あのニオイとピリピリでで効くと勘違いしていたぐらいでよ。
その、きついサロメを股間、それもある1点に集中して塗りまくられるというか塗布されたら、どうなるか想像してほしい。
すごいぞ、それは!
「剥いてから、大量に塗って元に戻す。」
凄い行為だぞ!
情けなくて、そりゃあ言葉も出ん!
泣くぞ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!

朝っぱらからえげつない話で申し訳ないけんど、ほんとの話だから。
正直に話さんと、早稲田ア式蹴球部の股間にかかわる。いや沽券に関わるもんでよ。
真っ白くなった奇妙な芋虫ー笑えるぞ!
本人は泣いているけんどよ!
そうなった上から、その中まで白くされた芋虫の上にとどめの石灰をどさっとかけるわけだ。
やられるほうはそりゃあ暴れて許しを乞うが、多勢に無勢で、もちろん1年生だけがやられるということでもなく、その時のご指名は2年生で1年生もここぞとばかりに、2年生でもおかまいなしにパンツを脱がせた。
一瞬の出来事で、石灰まで行くわけだが、やられたほうは、すぐ水道に行って洗い流すも、石灰は流せても、サロメは水に流されるるわけでなく、ピリピリの苦痛はその日1日は十分続いてくれるわけだ。

もちろん、こういう行為は岡チャンだって、西野だって、関塚だって、現役時代はやってるはずだよ。
こういう、あほな伝統は永く続くもんだでよ。
若い時って、めちゃめちゃだもんな。


火傷事件、
4日目にやってしまった火傷のおかげで、ふくらはぎは水ぶくれが5センチ四方ぐらいになっちまった。
満々と水をたたえ、あんまり痛くはなかったが、そりゃあひどいもんだった。
確実に直してから、2次合宿に入ればよかったもんだが、直さないまま、合宿に参加してしまう。
そして、さらなる悲劇がおいらの身の上に襲いかかってくるわけだ。

忘れていた真実というか悪夢が思い出されてくるぞ
by gsfc_aoshima | 2006-09-22 06:10 | ワセダ | Trackback | Comments(1)
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Commented by rainydayh at 2006-09-22 09:51
今日のお話、最高~!!

そんな練習してたんですね。私ももっともっと練習しなきゃって思いました。(テニスですが・・・・)

古田さんって、あの東洋工業のバックスしてた方ですか?
わたし、ファンだったんですよ。ファンレターも会社宛に出したことあったんです~。

きゃ~、なつかしい~。
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