その時歴史が動いた

 68年前にベルリンオリンピックで日本がスウェーデンに3ー2で勝利したことが放映された。
 当時の鈴木重義監督,工藤孝一コーチ、堀江忠男選手,川本泰三選手等,自分が学生時代みなさんご存命だったので,なぜかTVの前で正座してみていた。
 日本がスウェーデンに勝ったことを知っている日本人はほんと少ないと思うが、スウェーデンの人々はほとんどの方が知っている。子供達でも知っている。語り継がれるほどの衝撃だったそうである。10年ほど前、かの国の人と仕事をしたが,堀江選手にサッカーを教わったといったらそれはすごいと喜んでくれた。

 鈴木先輩は死ぬまでOB会の会長だった。
 工藤さんは川淵さんを育て、釜本さんも育てた。たしか川淵さんは工藤さん宅に下宿していた。監督時代は自宅からグランドまで400メートルほどであったが、途中の西武線の踏み切りで線路の石ころを拾い。グランドで選手に投げ付けていた。勿論,川淵さんは逃げ回っていたそうである。
 僕が大学1年の頃は病気上がりで石を投げる力はなかったが、練習終わると監督をさておき、工藤さんのところにいき、お説教を聴いた。
 バックの選手に云った言葉は生涯忘れられない言葉だった。
 「おまえは、その立っている8畳から出るな。そこだけ守れ」
 亡くなられたとき,棺を先輩や学生でグランドまで持って行った。終世,サッカーひとすじの人だった。奥様はいまでもお元気でなによりである。今から32年前の話であるが。

 早稲田の工藤、明治の島岡、尊敬に値する世紀のきちがいである。工藤家では奥さんが薬局を経営し,だんなは無給の大学のサッカーの監督していた。昔はこんな人たちがいたのである。
 いまなら離婚だろうな〜!

 ベルリンのスウェーデン戦には勝ったが2回戦のイタリアには0ー8で負けたことをNHKの松平さんは云ってなかった。
 負けたけどイタリアはこの大会で優勝している。

 堀江先生は僕のサッカーの恩師なので別の機会に書こう
 
by gsfc_aoshima | 2004-05-13 22:49 | 日本のサッカー | Trackback | Comments(0)
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