W係長

杉田ゴルフ場勤務から、ある日なんの前触れもなく、西武不動産に移籍になったのは昭和51年だったと思う。
サッカーボールは全くといっていいほど蹴ってはいなかったが、ゴルフボールは毎日500発は打ち込んでいた。
大箱根CCのアウトで30台も出ていた頃である。

全くの畑違いではあったが、会社が変わるという感覚がないような組織だったので、またスポーツレジャーの方が忙しくなれば、そっちに変わるだろうなという感覚であった。

赴任先は横浜は天理ビルの20階だった。当時はこの25階建ての建物が横浜では一番高かったと思う。
建て売り部門の営業課に廻された。分譲地の建て売り住宅の販売で、逗子市沼間の逗子グリーンヒルというところ。
ゴルフ場の社員食堂で社員販売用マンション1000万なんてチラシも見たことがあったが、家を買うのにローンがあることすら知らなかったのが、ある日突然3000万もする住宅を売るギャップにとまどった。
ていうか、全くの素人なので、平日は「宅建主任者になるための知識」とか言う厚手の本をひたすら読む毎日、土日は現地販売所でもう一人の担当者のお手伝いだった。

オラが移ったときは営業課には副長1名(課長みたいなものなんだろう)係長1名、男子課員が6〜7名女子が4名だっと記憶している。
男子はみんな若かった。ていうか不動産が絶好調である日突然1000人になっちまったというような会社で、女子社員も大量入社みたいな感じで、どこかのキャバクラみたいな様相を呈していた。
課長がなんかいうと、切れた女子が「ふざけんな!いい加減にしろよなお前!」ていったりして、移籍前の会社が軍隊みたいなところだったので考えられない会社だった。
可愛い子もいたが、全体的にはホステスが制服来ているような感じだった。
朝から飲み屋に来ている感じである。

課の係長はWさんといい30代後半だったと思う。
移ったばっかりで何もわからなかったが、係長一人だけがなんか浮いているなと感じた。
その係長が入社1週間ほどの夕方、オラのところに来た。
「直助くんのこともいろいろ聞きたいので今夜ちょっと飲みに行かないか」と誘われる。
もちろん上司の言うことなので「宜しくお願いいたします」
他の若手課員も行くのかと尋ねると「えぇっ!?そう来た?行ってらっしゃいよ。僕らは遠慮するし!」

皆は逃げるように帰って行った。
W係長と会社近くのバーに行く。
2時間一人でしゃべりまくりで、何もオラのことは尋ねなかった。

「君ィなんかあったら僕に相談しなさい。みんなバカばっかりで営業のエの字も知らない。不動産を買わせる絶妙なタイミングを分かってないんだよ。うちの連中は!ダメダメ!」

「僕はね、名刀の切れ味・正宗だから!がはははは!」と腕を叩いていた。

以来、このW係長と指しで飲むことはなかったが、ことあるごとに「名刀の切れ味・正宗」を連発して場を白けさせていた。

今考えると、名刀正宗ではなく迷刀だったと思うが、オラも一度はだれかの前でこの台詞を使ってみたいと思っている
by gsfc_aoshima | 2013-10-03 08:39 | 人物 | Trackback | Comments(0)
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