予備校時代

昭和43年3月に田舎の高校を卒業したが,大学受験にもちろん失敗して浪人生活に入った。
先週の通り,東京は野方でのアパート生活、7月からは大塚の2食つきの下宿屋。
でもここの生活も1ヶ月しか持たなかった。
飯の心配はなかったが、風は通らないので死ぬほど暑い。
電気器具使えないのでコタツは使えないだろうし、布団かぶっての勉強になるし、冬は過ごせないと思い,ここも1ヶ月で退去した。何せ荷物がないので引っ越しは楽なんである。
まあ,1ヶ月居候したようなもんである。敷金、礼金といった類いもなかったし。もちろん紹介なんで不動産屋さんを通したわけでもない。

次は阿佐ヶ谷南の4畳半に移った。ここは大相撲の花籠部屋のすぐ近くのアパートで、まあ狭いながらもまあまあだった。若三杉がいた。暇があれば稽古を観に行った。

でもここも8月から11月までしかいなかった。
田舎に帰ったのだ。
布団引きっぱなしのごみため部屋になっていた。
キノコが生えそうな部屋になっていた。
予備校の勉強も今さらという気もしたし、成績も良かったので、大学ぐらい簡単に受かりそうな気がしていた。

すべてがちゃらんぽらんな浪人時代だった。
予備校は大隈講堂となりの早稲田ゼミナールというところだった。
ここを選んだ理由は他の予備校は選抜試験があったし、無試験。
これ以上予備校でも落ちたくなかった。
早稲田のすぐそばというのも良かった。

毎日、学生服で通った。
高校時代の学生服しかなかったので、これを着用。
詰め襟には「予備校のWの徽章」をつけて早稲田の学生っぽくしていた。
ほんとアホだよな!
靴は一張羅の革靴か下駄。

予備校は昼までだったので,昼食は大隈講堂横の学生食堂でランチを食べていた。
もちろん夜は野方食堂。
早稲田の学生っぽくだ!まあ偽学生だな!
当時,バンカラ学生やら,苦学生というのがいたと思う。

食堂で出会った大学生にはびっくらこいた!
大学4年生ぐらいだろうか。
あたまボサボサ、よれよれの学生服、下駄、牛乳瓶の底のような分厚い丸めがね。
腰には手ぬぐい。
松本零士の漫画の世界のような大学生がいた。
右手にライス、左手にもライスを盛った皿を持ってオラの前に座った。

ライス2皿、おかずは?
おかずをとりに行く様子もなく、合掌。
合掌が終わると,右のライスには醤油をかけた。
そう!左のライスにはまさか〜〜!!
ソースをなみなみかけた。
ぐいぐい食べていた。
ライス一皿30円だったと記憶している。

オラはただただ見るだけだった。
早稲田の学生恐るべきだと思った。
オラなんか修行が足らないと思った。
おもわず合掌しそうだったと記憶している。
本物の早稲田の徽章が欲しいと心底思った。
親に引っ越しばかりして申しわけないと思った。
荷物を直ぐたたんで、後先考えず田舎に帰った。

やっぱしオラは軟弱だった。
田舎に帰ってその後サッカーばかり半年していたのである。

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高校を卒業してのゴールデンウイークに高校時代のサッカー部の先輩と同級生と新宿駅西口で集合した時の写真。
オラは学生服。下駄二人は同級生で、瀬下と大杉。大杉はこのブログでヒィリピンパブ大好きなエロ司法書士として度々登場している。

左から,オラ、山崎(法政大1年)、大杉(立教大1年サッカー部)、瀬下(予備校生)、藤原2年先輩(サングラスでこわもてだが妙にやさしい)、木瀬1年先輩(歯科医の卵、見た目おっさんだがまだ19歳)、宮崎1年先輩(防衛大生)、三輪2年先輩(社会人)
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by gsfc_aoshima | 2013-09-24 09:04 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)