野方から大塚へ

結局、浪人生活の野方には3ヶ月しか居住していなかった。
あまりに環状7号の車の音がうるさくて,ノイローゼになりそうだったし、親父が1度泊まりにきて、一睡もできなかったこともあり,出た方がいいといわれる。
家賃は4畳半(ガスコンロ、水道蛇口付きの小さな洗面)風呂なし、共同便所で7000円だったと記憶している。
トイレは2階から1階までストんと落ちる汲取だった。

6月いっぱいで高校時代の親友、青山賢三くんが住んでいた大塚の下宿屋が空いているというので引っ越した。どうやって引っ越したのかよく覚えていない。布団と机しかなかったし。

こちらは大塚と池袋の真ん中当たりでどちらからも歩いて行けた。
3帖2食付きご飯食い放題、共同便所(水洗)、風呂なしで9000円だった。
賢三の部屋は11000円。
オラの部屋はなんでこんなに破格的に安いかというと、太陽がまったく射さないモグラ部屋だったから。
窓は一応ついているがその先は暗い廊下。
となり部屋とのしきりはベニヤ1枚。部屋の高さは1820㎝。
部屋の天井はない!
建物全体の天井はあるが、後から空きスペースにベニヤで部屋を間仕切っただけなので、空中に電球が垂れ下がっている。
お隣さんのいびきも聞こえちゃう。
コンセントは1個だけだが蛍光スタンドしか使えない。容量がないのでヒューズが飛んじゃうのだ。
電気を使わせないように各部屋毎にヒューズがついていたのである。

もちろん風はまったく入って来ない。
夏でも無風。

飯の心配がないというだけの部屋だった。
家賃さえ払えば、あと、金がなくてもなんとかやっていけるというところだった。
あと、トイレが水洗だったのは二重丸。
4、50人が下宿していたと思うし、サラリーマンもいたような気がする。
笑い話に出てきそうな下宿屋だった。
2帖の部屋って想像つきますか?
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記憶を頼りに書いてみた。真ん中の5部屋のうちの一つだったと思う。5部屋かどうかも定かでないがよ。

田舎もんには全てが驚きだったと記憶している。
東京で喫茶店のマッチ箱を集めては喜んでいた。
磐田には喫茶店が1軒しかなかったので高校時代1度だけしか入ったことがない。
補導されるし!
ぼられるのではないかと,ビクビクドキドキだった。
喫茶店だに!

田舎もんには喫茶店でさえ、あこがれだった。
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by gsfc_aoshima | 2013-09-21 08:31 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)