松本育男先輩が監督だと!!

目からウロコか!
ものすごいといったほうがいいのか、人材がいないといったほうがいいのか。
いや,ものすごい英断かもしれないが、力があれば年なんか関係ないかもしれない。
必殺請負人みたいな人だし。育男さんは。

栃木SCの監督に松本育男先輩(早稲田ア式蹴球部、メキシコ銅メダル)が就任。
71歳!
いやぁうれしいだろうな!サッカーの現場を日本で一番好きかもしれない人。

そして強化部長に上野佳昭さん(中央大学→古河電工、元日本代表)
73歳!!
オラが中学生の時にすでに代表だに!
小柄だが「マムシ」といわれた現役時代。

オラみたいなジジイからしてみても、お二人はサッカーの伝道者みたいな人だと思う。
年関係ないと思う。ジジイでも能力あれば登用すればいい。お金もそんなに要求しないんだから。

栃木が燃えている!栃木に注目!!
栃木のサッカーが変わる!!!
走らないのは使わない。はっきりしている。走って走って走りまくれ。
妻恋のガス大爆発で,死んでもおかしくなかった育男さん。
あれから人生が変わったという。

後日の証として監督のコメントを、JsGoalから引用させていただく

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松本育夫監督:
(前略)
栃木で生まれ、栃木で育ち、そして最後の仕事が栃木ということで、本当に私にとっては遣り甲斐のある、人生最後の仕事になると思っています。それだけに覚悟を決めた仕事を行いたいと思っております。私自身は15歳でサッカーの道を志し、30歳で指導者になった。40歳になって惑わず。西ドイツに行きまして、指導者とはなんぞやという勉強をしてきました。50歳にして天命を知ると。たまたま50歳の時にJリーグが創設されまして、Jリーグに沿った人生を与えてもらいました。今年20年を迎えるJリーグで仕事ができる喜びがあったわけです。60歳にして耳従うと。これまでは指導者として、俺に付いて来い、という指導をしてきましたが、年齢が60歳になった時に選手の意見、コーチの意見を聞きながらチーム作りをした方がいいだろうと思いました。70歳にして心欲する所に従えども矩(のり)をこえずと。人の道に外れない仕事をしたいと思いましたけど、勝負事は水もので時に道を外れることもございますが、その覚悟を決めた次第でございます。(中略)自分なりにチーム作りをあと2カ月でやらないといけない。それは何かといいますと、県民に愛され、親しまれるチームを絶対に作らないといけない。それがこのクラブ全体としての考え方として植え付けていかなければいけないだろうというのが、ひとつございます。ふたつ目は、プロの選手が何かということが問われる時だろうと思います。私自身、栃木という土地が好きですし、育った場所ですから、昨年は随分と試合を観に来ました。その時には栃木の仕事の話は全くなかったわけですが、実際に栃木に来まして選手の試合を観る中で不足しているものがあると感じていました。それは何かと言うと、プロとして生き方というものを忘れているのではないかと。お客様、ファン・サポーター、あるいはスポンサーがいることで自分の生活ができていることを忘れているように感じます。感謝という気持ちが表に出ないといけない。それはなぜかと言えば、感謝という気持ちがあれば練習で手を抜くようなことができるはずがない。試合になった時に90分闘うことが選手の意思表示になると思っています。そのあたりが今、不足していると感じてならない。プロ選手として感謝する姿勢、そしてプレー面では基本を大切にする土壌を作らないといけないと思っております。その結果が勝利に結び付くと思って、チームを観ていました。
細かいことを言いますと、まず動けと。活動量に勝る戦術なし、ですね。今のサッカーで動く量を他の事でカバーできる物はありません。動く量があって初めて技術と戦術が発揮されます。そのためには、まず動くと。90分間、まず相手よりも動くことがベースになると思います。このチームは守備がベースになっておりますが、時間が過ぎて試合数が増える中で忘れていることがある。ボールを奪うということですね。そこからサッカーがスタートするんだと。相手のボールを早く奪い、そこから攻めがあると。それから今年、松田監督がパスサッカーということをやっていましたが、できるだけ早く動かす。ワンタッチプレーが多くなることを求めないといけない。それらをまとめますと、11人で行うサッカーという結論が出てくると思います。それを実現するにはFWとDFラインをコンパクトにしないと、ひとつのボールに参加する選手が少なくなります。非常にコンパクトなサッカーを11人で行うということを、これからの2ヶ月でやっていければいいなと思っております。私自身もまさかこのタイミングで監督をやるとは思っていませんでしたが、天命と思って、お前がやれという受け止め方をして、この仕事に入って行きたいと思います。
(後略)

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1967年1月号のサッカーマガジン
東洋工業(サンフィレッチェ広島の前身)の黄金時代の4人のスーパースター
左から桑原さん、小城さん、桑田さん、育男さん。
パンツ、小さぁ。ストッキング毛糸で足に引っかけるタイプ
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by gsfc_aoshima | 2013-09-14 07:59 | 日本のサッカー | Trackback | Comments(0)