基本の大事さ

第17回ヨコハマメトロポリタンカップ少年サッカー大会、2年生(U-8の部)はこの土日、4試合を戦った。
結果はFCアムゼル(3−0)藤塚キッカーズ(3−0)平戸FC(6−1)北方SC(4−0)

グループ1位で今週3、4日の決勝トーナメントに進むことになる。
その他のクラス(U-10)でも決勝トーナメント進出が決まったので、うれしいニュースだ。

2年生はきちんとサイドキックでボールをパスすることができる子が増えてきた。
プレーの幅が出来た。
キックによるパスの意識が生まれたと云っていいかも。
だんごにならなくなった。
サイドキックでパスが出来ればがだんごにならなくなる。
パスしたほうが前に行けると感じたからに他ならない。

じゃあサイドキックてなにか?
大事なことはサイドキックのポーズが自然と出るかどうかだと思う。
サイドキックなんていうが、これがなかなか出来ないのだ。
だって、まっすぐ歩いたり、走ったりするのは必ずつま先が前に出る。
インステップキックはつま先がそのまま前を向いているので、何も子供に教えなければこのキックをする。
正確に蹴るということでは一番難しいのだが、でも自然的蹴り方だ。

サイドキックの格好は足先を90度曲げることなんで、これは自然ではないのだ。
自然ではないことを、さも自然のように行なうということはけっこう難しい。
ご父兄の皆さん、歩きながら90度開いてみてください。そして足を振るってけっこう大変なんです。
うちの子は90度開いてキック出来てるかって、見るのも大事です。

このキックでないと正確さが出てこないのも事実だ。
サイドキックをどう身につけさせるかが、大きなポイントだと思う。
とにかく手取り足取り、とりわけ足をつかんででもコーチはキックの仕方を教えてほしい。

オラがこの歳になってでも、年の割りにきれいなフォームでキック出来るのは、大学1、2年生のとき、毎日毎日ひたすらキック板に向かってボールを蹴ったことだと思っている。
1年生のとき、当時のグランドマネージャーから「直助!キック板に行っとれ!」と云われた。
みんなと練習出来ない。
そんな選手が1、2年生で5人いた。

その中で一人、高島はマネージャーになったが、オラを含めて3人が4年生のとき、公式戦に出場している。

2年生の中野さんは高校時代、陸上の選手だった。サッカーは大学に入ってから始めている。
中野さんは2年間キック板と練習していた。
キック板のおかげで4年生の時はドリブルラーとして、公式戦に出て関東大学リーグで優勝している。

1年生にはオラとタメやんこと山岡(横浜GSFCの初代監督)、ロバこと高島そしてトンカチこと砂田がキック板と向き合ってのキックの練習。

ロバは縦へのスピードがあって4年生の時はマネージャーの仕事が忙しく公式戦には出れなかったが人が足らない時は2本目で1本目のサイドバックを抜いていた。

トンカチは3年生になって、足が絡み付くようなマーを身につけ、練習試合にも再三1本目で出たが、思うところあって退部、チームを去った。

タメやんは、キック板だけでなくゴールポストとひたすらヘッドの競り合いの練習をしていた。
ベルリンオリンピックのコーチで日本サッカーの礎を築いた工藤大先輩からは、「おまえは余計なことを考えんでもいいから、そこの畳8畳分だけはなにがなんでも抜かれるな」と言われ、それをスライディングタックルで4年生のとき実践した。
タメやんのインステップキックは、ほんと美しい。

そしてオラとタメやんは4年生のとき公式戦に出場し、関東リーグと大学選手権優勝の2冠を制覇した。

日本一伝統があり、日本一のメンバーがいる大学サッカーチームに入部出来たのに練習相手がキック板だった。
屈辱的ではあったが、そのことがあって、めげずにひたすら正確なキックの練習したことが3年生、4年生になって花開いたと思っている。

1年生も6年生も中学3年生もきちんと蹴れて「なんぼの選手」だと思うし、コーチの皆さんはそこを大事にしてほしい。

正確なキックが全てである。
by gsfc_aoshima | 2011-08-29 07:18 | 高尚な話 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://aoshima.exblog.jp/tb/16192460
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
<< ああ忙しい!お祭り参加したいのだが。 芝生のグランドはやっぱしいい >>