Cobra vs関東学院大学を見て

期日:2011.1.30(日)
大会名:練習試合
会場:Fマリノスグランド(人工芝)
時間:9:30(45分×3)
結果:横浜GSFC Cobra 1(1-1,0-1,0-2)0 関東学院大学

1本目メンバー
 GK−−−−若田ーーー
 DF−二宮−笠原−田辺−小山ー
 MFー−ーー仙石ーー
 MFー秋山−大空ー山崎ー
 FW−−志連−細田ーー

得点 20分細田、32分関学

2本目メンバー
 GK−−−−藤田ーーー
 DF−二宮−練習生−田辺−笠原ー
 MFー−ーー仙石ーー
 MFー細田−大空ー山崎ー
 FW−−志連−守屋ーー

得点 30分関学
交代 22分仙石→小石川、25分山崎→田中顕輔

3本目メンバー
 GK−−−−藤田ーーー
 DF−二宮−練習生−笠原−山崎ー
 MFー−ーー秋山ーー
 MFー川井田−小石川ー守屋ー
 FW−−江原巧ー田中顕輔ーー

得点 34分関学、36分関学
交代 22分二宮→志連
...........................................................................

1/30(日)は朝からジュニアのSLクラス(1、2年生)が藤塚キッカーズと練習試合があったんで、これを終えてから、マリノスグランドに行く。
グランドに着いた途端、失点していた。
2本目の後半だった。
1−2から見始めた。

相手、関東学院大学の学生諸君のプレッシャーがきついのか、うちのチームのコンビネーションが悪いのか、けっこうパスミスやらも多くほとんど前に行かない試合進行だった。
今の時期はこんなもんかもしれないが、FWでボールが納まらない。

今シーズン、田中顕輔という選手が正式入部した。
もう年は30近い。
実は彼はうちのチームのJr.ユースの1期生である。
当時から体格がよく(180はあったかもしれない)、高校に上がる時国学院久我山のセレクションを受けに行った。
そしたら、当時の久我山の監督をしていたア式後輩の藤原クンから「サッカーではまだまだ技術的に厳しいのだが、フィジカルと運動能力は飛び抜けているので、ラグビーをしたらどうですか」という提案を受けた。
当時の久我山のラグビー部はあの有名な中村監督のもと、全国のNO1だった。

すでにラグビー部のセレクションは終わってしまっていたので、中村監督の紹介で国学院栃木を紹介され、ラグビーをやることになる。
高校選手権にも出場したし、大学も専修大学でラグビーをする。
体重も90キロを越えていたと思う。
完全にラグビーの体型になっていた。

大学を卒業してしばらくして家業を継いだ。
うちのJr.ユースの面倒を3年前からみるようになる。
当時は100キロを超えていたのではなかろうか。
それがここ1年で絞りに絞って体脂肪10%を切るまでになり、完全にラグビー選手のからだから変身。

そして、サッカーへの情熱やみ難く、社会人サッカーの門を叩いたのである。
この試合はある意味、中学以来のデビュー戦みたいなもので15年ぶりぐらいのサッカーだったと思う。
タッパは185ぐらいあるし堂々たるものだが、プレーはまだまだおぼつかない。
ていうか、このぐらいのレベルになるとごまかしはきかないし、読みも動きもタイミングもすぐさま相手に見破られる。
ジャンプのタイミングも遅いし、ヘッドの競り合いでも10センチは低い相手に競り負けていた。

公式戦に出るまでには相当のがんばりと時間が必要だ。
それに年齢的なものもあるし、現状は厳しい。

しかしながら、オラは彼のサッカーにかける情熱を認めたい。
石の上にも3年ということばもあるし、石だって竹刀で突いていればいつかは突き抜ける。
教えている中学生の為にも貫いてほしいと思っている。
彼ならやりきれると思っている。
異色サッカー選手、38番田中顕輔にエールを送りたい。

フレーフレー田中!!
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by gsfc_aoshima | 2011-02-05 07:51 | 横浜GSFC | Trackback | Comments(0)