原田武男が現役を引退した

2010年シーズン、Vファーレン長崎の中心選手だった原田武男クンこと、武男が39歳でスパイクを脱いだ。
横浜フリューゲルスに始まり、フリューゲルスの消滅、そして数チームに所属し、vファーレン長崎の創立から参加した。
ミスター長崎とまでいわれていた。
Jリーグ昇格という錦の御旗を掲げ、まさに先頭に立って走っていた。
生活態度や自己管理はプロのサッカー選手の見本でありそれを最後まで貫いた。

昨年の12月にチームより戦力外通告を受けた時、オラにも連絡が入った。
「まだまだやれるんでチーム探します!」と言っていた。
そして「来年は40という年齢から、新天地は非常に難しいと思いますが、あきらめないでオファーを待ちたいと思います」

そして1月26日の朝、武男からの電話
「残念ですがスパイク脱ぎます。」

今後はvファーレン長崎のスタッフとして、育成に携わる仕事になるという。
オラとしてはちょっぴり残念でもあり、ちょっぴりうれしかった。
現実的な問題として家族もいるし、いつまでも不安定な状態も良くないし。

でも奥さんのしなちゃんは、「もっとやってもいいよ!」といってたとのこと。
武男の一番のファンでもあるしなちゃんらしいことばだ。

ライセンスも取って行くようなプロセスを歩むとのこと。
早稲田ア式の同期でもある相馬はフロンターレの監督になった。
武男も長崎にいるかぎり、いつかは監督として相馬と同じ道を歩むに違いない。

オラが思うに武男の人間性や深い洞察力そして人への思いやりや配慮は素晴らしい監督になる要素を持っていると確信している。

第二の人生が2011年から始まった。
大いに期待しているわけである。
by gsfc_aoshima | 2011-02-02 07:48 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(1)
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Commented by シュートタケオ at 2013-04-15 01:32 x
横浜Fの時、三ツ沢球技場で見た段幕が懐かしい思い出です。
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