天皇杯で思うこと

天皇杯の4強が決まった。

どうしてもここで勝ちたいチームが上がってきたような感じがする。
相変わらずこういう大会になると強いガンバ。
ACLに出たい鹿島と清水と同じく東京。
特に東京は来シーズン2部落ちでも主力はほとんど残るようだし、かつての横浜フリューゲスを再現しそうな勢いだ。

そんなことを思っていたんだが、オラが大学4年のときはどうだったか?
記憶していることは天皇杯のベスト16による大会の前に関東社会人リーグで優勝した浦和クラブと天皇杯への切符を得る為の試合で7−0で勝って勝ち上がったということ。
そしてオラ達は関東大学リーグ優勝とインカレ制覇で意気上がっており、準々決勝までは問題なくいくだろうと思っていた。

1回戦は名古屋瑞穂競技場での日軽金との試合は楽勝の予定だった。
そして次の古河戦はしょっちゅう練習試合をしており、あんまし古河には負けたことないし、あたまはヤンマー戦のことしかなかった。
これも釜本さんさえおさえればなんとか行けて、東洋工業との試合が決勝に行く為の山なだなんて胸算用していたら、日軽金にあれとあれよと入れられ負けてしまった。
あんまりにも予想外な敗戦に涙止まらずだった。

あのおふくろが生まれて初めてサッカーの試合を観にきてくれたのがこの試合だったし、最初で最後の観戦だったと記憶している。
それにしても当時の瑞穂のグランドは最悪のひどさで芝はぼこぼこ、半分クレー状態だった。
もちろん高麗芝なんで枯れていたしよ。

1972年の天皇杯の結果はこちら。
森孝慈さんが主将で釜本さんがおんなじ学年だった1966年に天皇杯を含めた3冠を取った。
ア式は天皇杯を4回とっているが森さん以前。
その後は天皇杯はおろか、インカレ、関東大学リーグの2冠を取ったのはオラが4年生の時以来ア式ではないわけで、オラ達もそこそこだったんだなと今では言えるわけだ。
たいしたメンバーはいなかったので、サッカーの神様を味方につけるのだけは、クラブ史上最もうまかった。
結局、運もこの日軽金との試合で終わっていた。
相手は弱いということで胸を貸すような気持ちになって試合に臨んでいたのだろう。
日立がこの年の天皇杯をとったんだが、日立とも練習試合してもあんまし負けていなかったし、日軽金にまけていなければ行けたかもなんてしばらく悔しがった。

力もないのに実力だと思い、謙虚さがあまりにも足らなかった。

そしてこの謙虚さをすぐ忘れてしまうんだよな。
一生修行しないとダメなんだな
by gsfc_aoshima | 2010-12-27 06:27 | 日本のサッカー | Trackback | Comments(0)
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