国立霞ヶ丘競技場

「すぽると」とみているとフリューゲルスのことやっていた。ちょっとまじ感傷的になる。
1999年元旦の天皇杯、横浜フリューゲルスと清水エスパルスの試合である。あのときは外池と平塚太一ご夫妻の4人で見に行った。
 原田武雄から「最後の試合だから是非見にきてください」と入場券を用意してくれた。
競技場に11時頃着いたのにもうグランドの周りは人の列だった。ほとんど指定席なのになんでこんなに早くから来ているんだろう。そういう我々だってけっこう早く着いた。平塚ママなんてうまれて初めてのサッカーの試合である。それが「武雄君の最後の勇姿はどうしてもみたい」ということで加わった。ちなみに平塚太一さんはうちのチームのイラスト書いてくれているデザイナーだ。パンツひっぱり〜のデザインでおなじみだ。

すべてが異様だったし、競技場全体がフリューゲルスが勝ったのになんだか落ち着いていたし、荘厳な気持ちにさせる時間の経過があった。
武雄もスイーパーとして90分間見事なプレーをしてくれた。あのとき、外池はたしかベルマーレで中田なんかと一緒にやってたのかな。
そういった意味でもきのうのような気がするシーンが思い起こされる。

直助すら、あの合併騒動から3月まではフリューゲルスに関わる事があり、仕事ができない状態が半年続いた。
いまだに、ひきずっている自分がいるずらよ。

国立で最初にサッカーの試合をみたのが1968年のアーセナルがはじめて日本に来た時だ。コーナーキックをニアに走りこんでかっさらうようにヘッディングシュートをみて感動したものだ。たしか「アーセナルゴール」と云ったヶ。
最初にすごいの見てしまって、次はペレのゴール。それからはもう多すぎて感動と云うか、驚きと云うか、今流に云えば「ちょうすごいだら!」見た試合の数だけ感動がある。それだけでも大小取り混ぜて1ヶ月は書けそうずら。
ネタない時は「国立の思い出話シリーズ」でもやってみるべ
by gsfc_aoshima | 2004-12-11 01:17 | 日本のサッカー | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://aoshima.exblog.jp/tb/1361953
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
<< クックックッ 岡田の笑いが聞こ... 最終予選の相手決まる >>