高校時代の仲間

昨夜、高校時代のサッカー部の同期の大杉から電話がある。
オラァは電話とるなり「だれか死んだだかね!!」007.gif
大杉は「だあれも死んではいないだけど、おらたちも60になって仕事も辞める奴も出てきたし,一度みんなで会わまいか!ということに大庭と決めただけど12日の夜、磐田駅19時集合だけど、来てほしいやぁ」

大杉は高校を出て現役で立教大学経済学部に入学した。
入学式に学部新入生を代表して答辞を読んだそうな。
成績が一番だったらしい。

そして立教のサッカー部に入部した。
3年生の時は大学サッカー界では無敵で天皇杯も準優勝し,この試合は出れなかったがベンチにはいた。
4年生の時はレギュラーで頑張っていた。
卒業の頃は教授のご自宅に挨拶に廻るので大忙しだったとのこと
バナナ持参でよ!!
バナナで教授を泣き落とし卒業させてもらった強者だ。

昔はバナナの房はセレブの代名詞みたいなもんだった。
オラなんか小さい時はオヤジと東京見物に来て,先ず最初に乗るのは、はとバスで東京見物。
そして神田あたりのちいさな旅館で1泊し,次の日は上野アメ横に行き,バナナの叩き売りのおじさんのとこに行ってバナナを買うのが楽しみだった。
みんな群がって買うので,どのタイミングで「買ったぁ!」というのが難しい。
値段が下がっていくもんんだでよ!
バナナを上野で買ってわざわざ磐田まで持っていく。
アメ横のバナナはそんじょそこらのバナナと違う。
房からオーラが出ているし、姿形が見目麗しいのだ。

そのぐらいバナナは庶民のあこがれだったし、大杉もいい手を使ったと感心したもんである。
なかなかいんにぃ!
バナナで大学卒業した奴って。

オラみたいに,卒業マジかになって、保健体育の試験を受け忘れ、事務局でおもわず「その試験の日はじいさんが火事で焼け死んで急遽田舎に帰って試験受けれませんでした」とかなんとか自然に口から出てきて、事務局員の涙を誘い、「そりゃあたいへんだったよな!なんとか事情を先生に話してレポートでもいけるかどうか聞いて上げるよ」
そして無事、レポートで卒業出来たけど!

そのころじいさんは本当に火事で焼け死んだのは事実だ。
その日ではなかったのも事実だけど!
じいさん殺して卒業した奴もなかなかいんけどバナナもいん!!!

どっちにしてもオラも大杉もきわめてサッカーにうつつを抜かし,ほとんど大学では勉強はしなかった。
ていうか、当時は学園紛争真っ盛りの頃で、早稲田でもオラ達はほとんど4年間試験がなかったし、試験の頃になると学校がロックアウトだったし、卒業式もなかったし、まあ学校も学生も歴史上もっともいい加減な時期と言うか、やる気もなかった頃だったろうし、どうでもよかったんじゃあないかな。
今なら絶対卒業出来なかったと思う。

そのじいさん火事で焼け死んだ話は以前このブログで書いたかどうか定かではないが後日詳しく書いてみたい。

話を元に戻すと、大杉とは、ほんと若い頃から磐田駅で待ち合わせしていた。
ナンパに行くといっては駅で、ピンサロに行くといっては駅で、フィリピンパブに行くといっては駅で。
もうこの3つしかないのである。
大杉君、どこにいくのよぉ〜〜〜!!
居酒屋にまじめに行くとは思われない。

12日は終日、保土ヶ谷区の小学校対抗フットサル大会がある。
13日は9時からキッズの練習、昼は3女の結婚相手のご両親とお食事会なんぞもあったりして、そりゃあもう大忙し。
もし行くとなると、16時に保土ヶ谷を出て220キロクルマで走って、その日は実家に泊まって
日曜の朝、5時に出発せんといかんのである。
日程的にどう考えても無理がある。

だから大杉に言ってやった。

『行く!』
by gsfc_aoshima | 2009-09-04 07:45 | 昔の仲間シリーズ | Trackback | Comments(0)
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