サッカーに民主主義はないずらよ

中国がちょっとかわいそうだが仕方ない。アジアカップの時、あれだけ日本パッシングした報いなのかもしれない。サッカーに過去の政治的なもん持ってくんなよな。変なナショナリズムをスポーツに持ち込むな。そんな事してるから、負けちゃうのである。間違いない!

ブラジルもエクアドルに負けちゃうし、欧州では勝ち点トップのルーマニアが勝ち点0のアルメニアと引き分けている。トルコなんか苦しんじゃって、もう本戦に出れるかどうか。
ユーロチャンピオンのギリシャでさえも大変な事になっている。
日本と死闘を演じた、ベルギーなぞ、ストイコビッチ会長が率いるセルビアにころっとやられ、未だに勝ち点1である。
どの国も、本国じゃあ、大変な事になってると思う。

それに引き換え、わがジーコジャパンは、勝ち点18である。リーグ戦は勝ちゃあいいの。勝ち点をいかに多くとるかが分かれ目なんだから。
満点でいいんでないかい。評論家のみなさん、少しは神様ジーコを褒めてあげなよ。
ワイが思うに、6戦全勝という事は必ず得点したということで、FWの得点不足はいがめないがそれでも勝つという事はきちっと点決めているという事である。もちろん沢山ゴールを入れるのも必要だがどの相手にもまけないのであれば最少得点でもいいんである。
10点、20点入れても次のゲームで負けてたら、なんにもならないずらよ。
そんな記事どこにもないもん。日本人欲張りすぎだ。

もともと、ジーコはサッカーの神様なんだから、戦略が、あるいは戦術がどうのという問題ではないのである。ジーコはわかっていてもそれもジーコは紙にかいて説明できなのである。
どの世界でも天才と呼ばれるひとの行動を、平凡なわれわれには、なかなか理解できないことは多いはずだ。
ジーコは天才を超えた神であるからして、戦術なんぞ必要ないんである。紙もマジックも必要ない。ジーコはベンチにいるだけでいいんである。マラドーナだって神の手をもっているように。

ジーコがフラメンゴに所属していた黄金時代、トヨタカップにきたのだが、そのとき、ハーフラインからCFにだした浮きボールのスルーパスは一生忘れる事が出来ないし、住友金属時代、横浜福浦の東京ガスグランドでの20メートルのフリーキックも目に焼き付いている。
当時FKがあれば、相手GKは「必ず入れられる。とれねえ」と覚悟していたはずである。
Jリーグ最初の年、鹿島対名古屋の試合でのハットトリックの、センターリングをニアに走りこんでのサイドボレーは球が見えなかった。


トルシエのプレーはだれも見ていない。だから戦術が必要になるんである
紙に書く必要のないというか、書けないジーコを監督にしたんだから、そこらへんをわかってやらんと。それ以上のぞむなぁ〜。
セルジオさんを監督にしたら、選手から総スカンなことはまちがいないー「ごちゃごちゃいうな。ちょっと黙っていてくれる!テレ朝で松木と漫才やっとれよ」と

 だからといってジーコの熱狂的なファンじゃねえずらよ。客観的にもの言ってるだけで、至極当たり前のことなんでねえの。プロなんだから評価されるのは結果であって,過程じゃあないはずだ。「一生懸命やりました。いいサッカーもしました。でもでれませんでしたが満足してます」じゃあ話にならないずらよ。
「勝つ為に、相手の足をけずってこいといったが、ちゃんとやってくれたから勝てた」とは表向き云わないだろうが、それも「あり」かもしれないのがこの世界である。
サッカーワールドカップに敗者は讃えられない。勝者のみが英雄になることができる。だから延べ100億人以上の人がTVの前にくぎづけになっちゃうじゃん。

今朝はひさしぶりの云いたい放題で見も心もすっきりでしごとに励めるずら。ハイ!
おまけにジャンジャン!
トラックバックURL : http://aoshima.exblog.jp/tb/1060298
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by gsfc_aoshima | 2004-11-19 08:06 | 世界のサッカー | Trackback | Comments(0)