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2012年 02月 02日
CASKの本田のラツィオ入りが時間切れで不成立との報道。 移籍金の合意がなされなかったとのことらしいが、これはこれで恋われての移籍騒動なんで、次、頑張れば、もっとビッグクラブに行けるかもしれない。 本田はまだいいとしても、ノバラの森本は厳しいずら! イタリアセリエAの最下位チームから戦力外とされた森本が、ノバラより上位のキエーボがレンタルでいただきたいとの話が、メディカルチェックでダメ出しとは! ノバラに戻ってまともにサッカー出来るのだろうか。 さらに悲惨なのは、マジョルカの家長だろう。 韓国Kリーグの蔚山に期限付きで移籍のニュース。 たしか、家長はマジョルカ入りの時、20億円の違約金付きの複数年契約をしたはず。 マジョルカで構想外となってKリーグに一時身を置いて頑張っても、監督変わらなければずっとどこかにレンタルでどさ回りかもしれない。 Jリーグならともかく、Kリーグで満足なパフォーマンスができるのだろうか。 モチベーションの維持だってけっこう大変だし、切り替えが出来るか非常に心配だ。 厳しいずら!! そういえば、ドイツブンデスリーガ、フライブルグの矢野もどうすんだろうな。 聞かないなぁ!!! 2012年 02月 01日
期日:2012.01.29(日) 大会名:平成23年度横浜市民大会 一般の部 会場:谷本公園球技場G(人工芝) 時間:13:15(35分×2) 結果:横浜GSFC Cobra 3(0−0) 0 FC LAN'S 先発メンバー GK−−−−若田ーーーー DF−脇坂−永徳ー笠原ー MFー−田中潤ー仙石ーー MFー大空−山崎ー江口ー FW−守屋−−志連ー 交代 33分守屋→鴇田、58分仙石→武、志連→細田、68分田中潤→秋山、江口→小山 得点 54分CK大空→仙石、65分鴇田、67分細田→鴇田 空は快晴、しかし風強く、体感温度はマイナスかも。 からだが温まるのに、相当な時間がかかるし、ケガも心配なこの時期のサッカーである。 いよいよ決勝進出も決まったし、今月12日からは社会人選手権の3回戦から試合が組まれている。 今年は保土ヶ谷サッカー場での試合ばかりだし、何がなんでも優勝の栄冠を勝ち得たい。 ![]() ![]() ![]() 2012年 01月 31日
1/29(日)は忙しかった。 午前中はジュニア1年生の指導。 昼からはトップチームに帯同 15時からはJr.ユースの指導 夜は保土ヶ谷区少年委員会の会合。 横浜市民大会準決勝vsFC LAN'Sが青葉区谷本公園球技場で行われた。 うちの社会人チームCobraが横浜市民大会に参加して10年近くなるが初めての準決勝だ。 毎年、なぜか早い時期にコロンと負けていた。 そう!聞いたことないようなチームにコロンとだ。 絶対レベル的にはこちらが上だと感じても、相手の勢いにのまれてズルズルとというケースが多かったのである。 なぜか空回りして。 もちろん人数の関係で参加しなかった年もあるけんどよ。 ことしはなにがなんでもこの大会は優勝したいという選手の気持ちもある。 前週の神奈川教員さんとの練習試合がいい出来だったので、なんとかいけるとちがうかという気持ちでのぞんだが、試合はお寒い状況だった。 ミーティングに時間かけ過ぎで、時間がなく、やっつけ仕事のアップだった。 身体もほぐれていない明らかにアップ不足。 慎重になりすぎて、後ろでボールが回るばかりだった。 相手は全員帰ってきているのでなかなか攻め手がない状態で前半を終えた。 後半開始10分まで見ていたが結局シュートらしいシュートも打てず、オラは撤収。 Jr.ユースの練習指導に戻るために再び境木小へ。 オラがいなくなったらゴールが生まれたそうで、まあまあやれやれだ! 結果的には3ー0だそうだが、もっと早い段階で得点出来たら、相手も攻めざるをえないのでもっと楽な試合になったと思う。 3/25決勝はあの六浦FCである。 優勝しよう。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2012年 01月 30日
こう毎日、揺れちゃうとちょっとやそっとでは驚かなくなった自分が怖い。 とにかく、こんな状態が続くと、とんでもないところで起きるかもしれない。 オラが小さい頃、必ず東海だ地震だと思っていたら、新潟がやられた。 北海道なんて地震が来ないと思っていたら奥尻島の惨事。 関西も地震は大丈夫なんて思っていたら、あの神戸の大震災。 思わぬところで起きるのが日本の地震の特徴だし、気を抜いたらやられる。 とりあえず 遡ってこの2、3日の震度3以上は 本日 03:18 震度3 大分県南部・宮崎県北部平野 1/29 16:46 震度4 山梨県東部 富士 1/28 21:44 震度3 青森県三八上北 岩手県内陸北部 1/28 14:21 震度4 茨城県北部 1/28 09:22 震度4 青森県三八上北 岩手県沿岸北部 1/28 08:04 震度3 神奈川県西部 山梨県東部 富士 1/28 07:46 震度3 神奈川県西部 山梨県東部 富士 1/28 07:43 震度5 山梨県東部 富士 1/28 07:39 震度4 神奈川県西部 山梨県東部 富士 静岡県東部 「富士」というのが気にかかる。 今でこそ、震度⑤でも家は倒壊しないにしても、江戸時代だったら江戸の町もけっこうの倒壊や火事が発生してんだろうな。 用心に越したことはない。クワバラクワバラ!! 2012年 01月 29日
ブンデスリーガ、ドルトムントVSホッフェンハイムで香川がまたまたやってくれたようだ。 早くもYOUTUBEで得点シーンが出ているので やっぱし、ボール受けてた時のトラップのうまさと、その後の速い動きで躊躇ないシュート。 流れるような一連の動作。 素晴らしい!! それにしても前節の香川のアシストといい、とにかく高い位置でのボール奪取と攻撃への早い切り替え。 相手守備陣が下がる前にシュートまで。 この試合の香川のアシストの場面もそうだ 4対4ではやられちゃうよな。 ドルトムント強い!ていうかカウンターの時の選手の切り替えの早さは素晴らしい。 2点目の起点、3点目の香川のゴルも早く見たい。 来ました。2点目 そして3点目。 素晴らしい!誰も止まっていない流れるような攻撃。 ハーフラインからボールを奪ってボール出したとき、前線にはもう3人いる。 3−4−3なんだろうな。 2012年 01月 28日
久しぶりに「朝まで生TV」を見る。 橋下大阪市長vs反橋下派みたいな偏向朝生だ。 橋下市長にオーラを感じた。 そして束になってかかっても、どうにも出来ない反橋下の先生達。 大人と子供の違いていうか、じゃあ貴方たちならどうしてくれるのよ! この先生達は、あんましいいたくないけんど、レベルひどかったし、途中で見るのをやめたのだが、なぜか、ひどいものを見たという印象が強いのと、あまりの橋下さんの素晴らしさに寝つかれなかった。 それにしても橋下市長の穏やかなお顔は、なんなの?! 大阪市長ではなく、もう、国のトップになってほしい。 こんなこと言ったら野田さんや岡田さんには申しわけないかもしれないが、皆さん毒素に侵されている。ひどいお顔である。 それにひきかえ、深夜番組なのに橋下市長の神々しいこと、なんなの?! オバマと並んでも負けないと思う。 そういう意味においてはいい番組を見たかもしれない。 日本にもまだまだ素晴らしい人間がいるし、国民はよくわかっている。 2012年 01月 27日
法政ファンの皆々様、大変お待たせいたしました。 一晩眠れなかったご仁もいたことでしょう。 さあ、サッカーマガジン1975年5月号の法政大学サッカー部の特集はこれだ。 とにかく、当時のサッカーマガジンは日本リーグだけでなく、大学サッカーもよく取り入れていた。 もちろん大学も強かったというのもあるが、編集長もきっと粋だったに違いない。 昨今の、Jリーグばかりに顔を向けていないで、地域や大学、町のクラブにまで、もっと足を運ぶ姿勢が必要だ。 サッカーマガジンもダイジェストもどちらも特色がなさ過ぎる。 それではキラ星のごとく、スターのいた法政大学サッカー部の登場です。 それから37年前、この記事をよく読むと、既に法政には女史マネがいたようだ。 女人禁制の早稲田とは雲泥の開きがあるな。うらやましいばかりである。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2012年 01月 26日
![]() 1975年5月号の表紙は今はもうない、永大産業サッカー部のブラジル選手ジャイール・ノバイス選手。 知らないというかもはや記憶にない。 そしてこの号は「75日本リーグ開幕特集号」として有望新人選手を掲載している。 オラより学年2年下にあたる。 早大ア式のふたり ![]() 古田のおかげで何度ピンチを救ってもらったかわからない。 インカレ準決勝vs法政大との試合での同点のロングキックは生涯忘れることがないだろう。 かつてフリューゲルスにエドュ−という選手がいたが、あのロングシュートに勝るとも劣らないキックだった。 彼は大学1年でフルの日本代表だ。足も細い。顔も可愛い。 でも古田の先にも後にもロングキックは日本人で誰もかなわないとおもう。 今のボールだったら、プレスキックでゴールラインからゴールラインまで間違いなく蹴れるだろう! 広島で元気でやってるだろうか? ![]() 町田久雄。 インカレ2回戦中京大学との試合でCKをダイレクトボレーのシュートがゴールした。 相手GKはネットに突き刺さってからセービングしていた。 シュートの軌道がオラも見えなかった。 Jリーグ開幕年の鹿島の開幕試合でジーコがハットトリックを決めたのだが、その時アルシンドのセンターリングを飛び込んだジーコのシュートの速さと思っていただければなんとなくわかるだろう。 日立本社のエリートだったが数年前に焼き鳥屋に転身したと聞いている。 そしてこの号には日本代表Bとユース代表が出ているのでこれも掲載しよう。 ![]() 野曾原や町田、碓井もいるし、対戦相手だった選手も数多い。 法政にはほんといい選手が多かった。 中村選手なんかはその最たるもんだろう まさに懐かしい そしてユース代表 ![]() 岡田は眼鏡をかけてサッカーしていたというのは事実だと思う。 岡田は浪人中なんだな。すごい!見るからにあたま良さそうだし! 西野もかわいいよな。 早野さんも、けっこうこの頃精悍だったんだな。 この号には法政サッカー部の特集記事がある。 うちのチームには法政出身が多いので明日はこれをご紹介。 2012年 01月 25日
1月22日(日)9:00キックオフ、日産追浜グランドにて関東リーグ1部の神奈川県教員チームとの35分3本試合。 横浜GSFC 5(1−0、1−0、3−2)2 神奈川教員 得点 仙石→志連、田中潤→守屋、教員、田中潤→押久保、教員、鴇田、笠原 朝早くの集合。 そして横須賀。 日野から来る選手もいる。 おまけにこの日のこよみは「大寒」 なおかつ、雨! 寒いを通り越して「さぶい!!」 そんな悪コンディションにもかかわらず、両チームの選手はけっこう集まった。 みんなサッカー好きなんだな。 そして大事なことは、このチームに所属しているからにはなにがなんでも出席することが大事なんだな。 よっぽどの用がないかぎりはチームに帯同することがとっても大事なんだと思う。 さて、試合結果はうちの出来が相手より良かった。 ていうか、教員さんのほうがまだまだ出来上がっていないという感じだ。 うちは市民大会やら県選手権やらがまじかで、気持ちもノリもけっこう充実してきているからだろう。 年間目標も、近々の目標も明確なんでその差が試合結果に顕著に現れたと思う。 新しいシステムにも試み、なかなか状態は良くなってきたと思う。 今週末は市民大会準決勝vsFC Lan'sとの試合もある。 チームの雰囲気も悪くないし、なんとしても勝利しよう。 ![]() ![]() 2012年 01月 24日
昨年の8月4日に亡くなった松田直樹選手の追悼試合が日産スタジアムで多くの人が参加して行われた。 先ず以て松田直樹さんに哀悼の意を表します。 とてもとても、ほんとに残念で悲しい出来事だった。 私は松田選手とは面識はない。 ただ今でも覚えていて、鮮明に彼のにこやかなまなざしが、彼を思うたびに出てくるシーンがある。 2010年9月7日のこのブログでも書いているのだが、マリノスvsVファーレン長崎の試合が終わった後、長崎の選手でア式後輩の原田武男選手と横浜・関内で遅い友飯を食べた。 彼をホテルに迎えに行き、もう一人のオラの友人中藤くんと3人で交差点で信号待ちしていたら、長崎の佐藤由紀彦選手と連れ立っている松田直樹選手と会った。 その時の松田選手のうれしそうな顔がいまだに脳裏に焼き付いている。 佐藤選手とほんと仲がいいんだなあと一瞬で感じた。 生涯忘れないワンシーンだ。 あのとき、5人で食事しとけばというのがちょっぴり残念なことである。 追悼試合に話を戻すと、この試合にはうちのCobraの選手で元マリノスの外池選手も出場した。 ジュニアの西山コーチがスポニチの新聞記事を送ってくれたので紹介したい。 すでにfacebookにも投稿したが改めてこちらでも。 ![]() どこかで松田選手と、小さな町のクラブがつながった記事だと思う。 出場した全選手のなかでただ一人の県リーグ所属の選手だ。 チームの仲間がこの試合に出場したことを僕らは誇りに思う。 2012年 01月 23日
第31回神奈川県社会人サッカー選手権大会 (兼2部昇格トーナメント兼全国社会人サッカー選手権大会関東予選県代表決定戦兼神奈川県サッカー選手権大会社会人代表決定戦) 1次トーナメント (2部昇格トーナメント) 横須賀SPLASH. FC(3B1位) (3-2)FULNELSON(3A2位) 会場:馬入ふれあい公園13:15 YOKOHAMA FIFTY CLUB(3J1位) (2-1) 横須賀高校OBクラブ(3A1位) 馬入ふれあい公園 FC.青葉legends(3D1位) (0-1)日本工学院サッカークラブ(3SA2位) 会場:日本工学院 11:15 エスペランサSC(3E1位) 1(4PK2)1 藤沢市役所(3SA1位) 日本工学院 13:00 横須賀Splash.Fc には元うちの選手だった猪野選手や井浦選手がいる。 頑張ってるよな。 何か、よそのチームなんだが嬉しい。 みんなサッカー大好きなんだな。 カテゴリーも大事なんだが、生涯スポーツとしてのサッカーの素晴らしさってやっぱしあるよな。 2012年 01月 22日
本日、社会人Cobraは神奈川教員と9:00から練習試合。 7:45集合なんでそろそろ出ないと遅刻する。 エグッチなんぞは日野だで、5:00には起きてんだろうな。 昨日はめちゃくちゃ寒かったし、電車は止まってるし、全く以て最悪だったが今朝はまだ真っ暗なんだが雨は降っていない。 日産追浜グランドなんでやることは間違いないが暖かい格好で行かないと大変なことになるな! それから昨日は卓球の日本選手権があり、福原愛ちゃんが優勝した。 初めての優勝だそうだがここまで来るのにどんだけの練習があったのか、想像も出来ないぐらいの過酷な練習が、物心ついた時からあったはず。 可愛いだけでは勝てないのだから、よくやったと思います。 3歳から始めた卓球で日本一になるのに20年かかった。 愛ちゃんみたいな選手になりたいと小さな選手が後ろからついてきているのも事実だ。 勝って泣くのは初めてのことだそうだ。 ほんとよかったと思う。 出発です!! 2012年 01月 21日
今週末はどのカテゴリーとも公式戦が入っていない。 練習試合はもちろん入っている。 社会人Cobraも日曜日に関東教員(関東1部リーグ)との練習試合も入っている。 来週には市民大会準決勝があるので、いい調整が出来るだろう。 選手の気合いもノッているので、ここは2カテゴリー上のチームだけどいい試合をしてほしい。 ところで、明日は県リーグ所属のチームにとっては毎年歴史に残るような試合の数々の3部から2部の昇格試合決定戦が行われる。 これは注目したい。 この大会は3部のチームでも全国社会人も天皇杯も出れちゃうわけで元旦の決勝だって制度上は可能だし! 第31回神奈川県社会人サッカー選手権大会 (兼2部昇格トーナメント兼全国社会人サッカー選手権大会関東予選県代表決定戦兼神奈川県サッカー選手権大会社会人代表決定戦) 1次トーナメント (2部昇格トーナメント) 横須賀SPLASH. FC(3B1位) vs FULNELSON(3A2位) 会場:馬入ふれあい公園13:15 YOKOHAMA FIFTY CLUB(3J1位) vs 横須賀高校OBクラブ(3A1位) 馬入ふれあい公園 FC.青葉legends(3D1位) vs 日本工学院サッカークラブ(3SA2位) 会場:日本工学院 11:15 エスペランサSC(3E1位) vs 藤沢市役所(3SA1位) 日本工学院 13:00 どうなるんだろう!! 昨夜はゼンゼン寝れなかった関係者も多いことだろう。 わかるだいね! ケガのないよう、張り切りすぎないよう、1年間の努力の賜物をみせてほしい。 勝った方は明日の夜はどんちゃん騒ぎだろうしね。 どなたかYOUTUBEにとうこうしてくれたらありがたい。 せっせとのぞいてみよう。 2012年 01月 20日
本日10時に東名高速富士川サービスエリアにある富士川楽座で打ち合わせなのだが今朝からの雪で行かれない。 けっこう降ってきた。 ![]() 野辺山五光牧場の吉沢さんも来ることになっていたのだが、こちらは雪で自宅からクルマが出せないという連絡あり。 昨日は、八重洲での仕事打ち合わせの後、京橋にあるフルーツパーラー「千疋屋」さんに立ち寄った。 昼は吉野家で既に済ませてあったのだが、どうしても入ってみたくて寄る。 イチゴ入サンドイッチを食べた。 サラダバー、ドリンクバー、イチゴ載せアイスもついて1050円だった。 全員女性客だった。 ランチは極端にお安いようだ。 コーヒーも2杯堪能。 イチゴ入のサンドイッチは食べたことがないので珍味だった。 赤羽駅の吉野家さんはキムチ、みそ汁セットの並丼で490円。 全員男性客で、こちらは腹の中に掻き込んだ状態でお店に入ってから出るまでに5分。 どっちがいいかなんて比べようがないが、普段男性は時間に追われているのだ。 イチゴセットがあった。 一番お高いのは箱の色も箱の大きさも微妙に違って、圧倒的な存在感があった。 真ん中の奴だ。 お値段ももちろんいい。 ![]() 1パック800円ならよく八百屋で見かけるが1個800円強はなかなか見かけない。 いい勉強をさせてもらった。 もうこうなると芸術品だな。 今度は日本橋の千疋屋さんに行ってみよう。 2012年 01月 19日
昨夜、夜遅く、と言っても23時なんだが、なにげにNHKの番組に切り替えたら、ザ・タイガースが演奏してた。 驚いた!! だいぶ肥ったジュリーがいた。 これ以上垂れようのない目をした森本太郎がいた。 俳優岸部一徳がベースを弾いていた。 そしてピーがドラムを叩いていた。 いい顔していた。 40年ぶりではなかろうか。 瞳さんはタイガース解散後、中退していた京都山城高校の定時制に入り直し、慶応大学に進み、慶応高校の先生をしていたはずだ。 懐かしくて、アツくなった。 みんな京都出身。 オラの3つ上だと思う。 加橋かつみがいないのは淋しかったが。 「花の首飾り」は大好きなんだがよ! 元気なんだろうか! とはいえ、ただただ聞き入ってしまった。 今聞いてもやっぱしザ・タイガースはザ・タイガースだった。 良かった。 メロディーも歌詞も。 いいものは何十年経ってもやっぱしいいし、全く古さを感じない。 録画撮るのも忘れるほど聞き入った。 早くYOUTOBEにだれかアップしてほしい。 2012年 01月 18日
日本サッカーのために来日した指導者は数多い。 多くの指導者、先人のおかげで今の日本サッカーがある。 そのなかでも1960年に来日し、日本のサッカーを近代サッカーに変えたのは小柄なドイツ人、デットマール・クラーマーさんだと思う。 オラが中学生3年生のとき東京オリンピックがあったわけだがクラマーさんの教えるサッカーが体育の授業でも取り入れられた記憶がある。 古いサッカーマガジンをなにげに覗いていたらクラマーさんの記事があった。 1967年、昭和42年8月号である。 オラがまだ高校2年である。 ![]() ![]() ヤスダのスパイクはいていたよなぁ! 3本戦があればヤスダでも良かった。今でこそ誰でもアディダス履いているが、当時は日本代表でも履いてる人少なかった筈だ。 オラァは2本線のヤスダのSPダし! ![]() クラーマーさんや今は亡き八重樫キャプテン、森さんもこの試合に出ている この号は日本代表がブラジルのパルメイラスと3戦を行い、第2戦に釜本さんの決勝ゴールで2−1で勝利している。 このとき来日したメンバーには38歳のジェマ・サントス、黒い弾丸ダリオ、このツォイのブラジル選手権得点王のドドなどが来日している。 話をクラーマーさんに戻そう。 名言集その中からいくつかを抜粋 ............................................................. ヤマト魂を忘れたか!(1961年のワールドカップチリ予選のとき) タイムアップの笛は次の試合へのキックオフの笛である。 東京オリンピックは終わった。さあ次の準備を始めよう。(東京オリンピック終了のとき) コーチは技術を身につけていることが大切だ。腹の出たコーチ、背広を着たコーチにはコーチの資格がない。 ボールコントロールは次の部屋に入るカギである。このカギさえあれば、サッカーというスポーツはなんでもできる。 パルメイラスと全日本の実力を比べたら富士山と琵琶湖ぐらいの差がある。 だが精神力と作戦によって、富士山と琵琶湖の間に空中ケーブルをかけることもできるし、それによって富士山を征服することも可能だ。 サッカーの指導というのは子供から大学、全日本まで一貫したのでないとならない。人間の身体はどこか毛を一本ひっぱっても痛いと感じる。サッカーの指導というのはそうでなければならない。 そしてクラマーさんは東京オリンピックの直後のクラマー送別会にての言葉 ゲーテが死期に近づいたとき、ある人がゲーテに聞きました。あなたの長い栄光に満ちた生涯において得たものの中で、何が一番素晴らしいと考えていますか。 人間が所有することの出来るすべてのものを所有していたゲーテは答えました。 「良き、少数の友人とのサークルです」 わたしは、日本で多くのものを得ました。 しかしその中で一番素晴らしいものは、皆様方の友情です。 皆様とのこの友情は、わたくしたちの胸の中に残り、そして生涯けっして忘れることはないでしょう。 ................................................................ 以上 このなかにはなかったが、オラはこれに関連したクラーマーさんのことばでけっしてわすれることができないものがある。 「サッカーは素晴らしい。 恩師も素晴らしい。 それ以上にサッカーで得た心友はもっと素晴らしい。」 ![]() ![]() ご存命である。 当時の指導者はクラーマーさん始め、長沼さん、岡野さんも若かった!! サッカー維新の時代だったんだな。 2012年 01月 17日
県大会低学年の部は予選ブロックを1/9に1、2回戦をおこない5−0、3−0で快勝し、1/15の準決勝に進んだ。 この日の対戦相手は浜見平Jr.SC 出だしからぎこちないサッカーが続く。 1、2回戦で見せたようなプレーの落ち着きが全くなかった。 同じチームとは思えないようなリズムの悪さと球出しの遅さ。 言ったらきりがないというほど個々のプレーでもチームとしても全く機能していなかった。 悪い時ってこうなっちゃうんだというようなお手本みたいなゲーム内容で、コーナーキックからの失点が最後まで重かった。 相手の寄せの早さと、すぐさま取り囲むプレーに手を焼いていたような気がする。 相手を讃えるべきなんだろう。 うちは後半10分を過ぎた頃からいい攻撃も見られたが、浜見平さんのイレブンは最後まで集中力を切らさなかった。 写真を見るとうちの選手が孤立している写真ばかりで1対1の場面の写真がほんと少なかったのも、結果を物語っている。 残念な結果に終わったが、捲土重来また頑張ってほしい。 めげることはない。悔しい気持ちだけは忘れないことだ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2012年 01月 16日
期日:2012.01.15(日) 大会名:横浜市民大会社会人の部準々決勝 会場:三ツ沢陸上競技場(芝) 時間:13:15(35分×2) 結果:横浜GSFC Cobra 4(3−0) 0 ASAHI FC 先発メンバー GK−−−−若田ーーーー DF−脇坂−永徳ー笠原ー MFー−田中潤ー仙石ーー MFー大空−山崎ー江口ー FW−守屋−−志連ーー 交代 53分田中潤→押久保、62分仙石→秋山、守屋→川井田、若田→藤田、68分山崎→武 得点 5分志連(PK)25分仙石→守屋、30分守屋→山崎、59分大空 真冬、そして曇り空。 観客数6名。 さらに寒い! グランドの芝は枯れかかってはいる。 とはいえ土のところはなく、芝はびっしりで、きちんと整備されコンディションとしては最高。 年明けの第1戦にも関わらず、うちのチームの始動は早く、気持ちの入れ方も高い。 毎年のことなんだが、この時期のうちのチームの気合いは半端ないのだ。 今年こそ関東リーグに行くんだという気持ちがある。 この気持ちを持ち続けることが大事なんだが、毎年それが落ちちゃう時があるわけで、今年はそういうことがないようにしたいもんだ。 この日は初めてのフォーメーション3.5.2を採用。 けっこう良かったというか機能してた。 どの試合もこれで行くとは限らないんだろうが、こういう選択肢も持っているぐらいのことなんだろう。 それから、この試合で武選手が2年ぶりにケガから復帰したのもうれしいニュースだ。 まだまだ心配はあるが、もう一度ピッチに立ちたいという思いに感動だ。 ![]() こういう出来事がチームを一つにするのだと思う。 次は大平選手の復帰だな。 1/29(日)13:15 谷本公園での準決勝も勝ち抜けたい!! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2012年 01月 15日
昨日の午前中、社会人CobraとJr.ユースが日産追浜グランドにて練習。 半面ずつの別練習だったが、中1の太田選手がケガで救急車。 接触プレーではなかったそうだが、相当ひどい状態だった。 クラブの長い歴史の中で、救急車を呼んだ記憶がないので相当心配だった。 2カ所の骨折だそうだが、めげずに治してほしいと思っている。 スポーツにはケガがつきものだが、ケガをしないで済ませられたらそれに越したことはない。 完全に治すのがいいと思うので焦らないことだと思う。 太田クン、よく養生してくれ! 本日はその太田選手の弟の出場する県大会低学年の部準決勝が11:00より、決勝が12:40より大和市立桜ヶ丘小学校で行われる。 チーム状態もよく、子供たちもノッているので楽しみだ。 ぜひとも大大ひさしぶりの中央大会まで駒を進めてほしい。 オラはこの試合を見た後、三ツ沢陸上競技場での横浜市社会人大会準々決勝に移動するがたぶん後半からだろうな。 そのほか、Jr.ユースがU-15リーグvs野庭中が金沢区の並木中学で、中1年生大和市立光が丘と練習試合。 ジュニア1、2年生も練習試合が南区の永田小である。 もちろん、その他の学年も朝8時から練習練習また練習。 昨日はキッズの冬大会も行われ、本年度の初勝利だそうで、これもちょっぴりうれしいことである。 勝つことでうまくなるのは間違いない。 みんなぁ、ケガに注意してがんばってほしい。 2012年 01月 14日
昨年末までなんやかんやと公式戦が入っていた。 平成23年度横浜市民大会はベスト8が出そろった。 明日13:15より三ツ沢陸上競技場でvsFC ASAHI これに勝つと 準決勝 1/29 13:29 谷本公園サッカー場 決勝 3/25 14:45 三ツ沢陸上競技場 まだ一度も優勝していないし、なぜか最初の頃にこけてしまっている。 せっかくここまで来たのだから、いいスタートにしてほしい。 3部から2部への昇格トーナメントやら、全社予選やら、天皇杯予選やら兼務兼務兼務といってもよい第31回神奈川県社会人サッカー選手権大会・決勝トーナメントの組み合わせも決まった。 うちは第2シードで2回戦からのスタートだ。 1/29 2回戦 13:00 保土ヶ谷サッカー場 六浦FCセカンドvsYSCCセカンドの勝者 2/12 準々決勝13:00 保土ヶ谷サッカー場 この準々決勝に勝つと天皇杯予選の出場が決まる 3/11 準決勝 13:00 保土ヶ谷サッカー場 3/18 決勝 14:15 保土ヶ谷サッカー場 全ての試合が地元の保土ヶ谷サッカー場だ。 まさにホームゲームといってもよい。 サポーターの皆さん、クラブ関係者、部員の子供たち、みんなの力でサポート出来たらきっと選手達もいい結果を出してくれるに違いないと思っている。 楽しみだ!! とにかく3部から2部への昇格は、すさまじいまでの試合がおこなられる。 選手退場だけでなく激しいぶつかり合い、体を張ってのサッカーはまさに格闘技、救急車、監督の暴言退場やら、全員がヒートアップ! チームサポーターもヤジ、ののしり合い。 かわいい恋人だって彼氏が倒されたら「やりかえせぇ〜〜〜〜〜〜!」 「勝たなかったら別れるわよ!」 まさに阿鼻叫喚。 この1次トーナメントが人生を変えるのである。 1/22の昇格決定戦はすごいんだろうし、我々もここを乗り越えてきた。 3年がかりでだ。 何があるかわからないのがこのトーナメントで日本一面白い大会とも言えるのである。 たかがサッカー。されどサッカー うまいも下手もそれなりに面白い。 日本代表の試合もJリーグの試合も楽しいが、オラが町のサッカーも実に楽しいのである。 2012年 01月 13日
ブログ仲間のレイニーさんのお正月のお雑煮は奈良仕立てだそう。 美味しそう! 彼女はオラァの高校の後輩だが、奈良に嫁に行ったので奈良風ということになる。 同じく、ブログ仲間で横浜の食卓の風さんはこのような美味しそうなお雑煮。 静岡県磐田で育ったオラァン家のお雑煮はこれだ。 ジャジャジャ〜〜〜〜ん!!! ![]() なにこれ! 見た目悪い。 なにせ入っている具は白菜だけ。 料理方法は至って簡単の3分間クッキング。 まず、なべにお水を入れてお醤油。 かき混ぜて適当に色がついたと思ったらぶつ切りの白菜を鍋の底に並べる。 別にきれいに敷き詰めるほどではない。 適当でよい。 餅が鍋にくっつかないようにとの配慮からだ。 火をかける。 ちょっとあったまってきたなと思ったら切り餅を投入。 もちろん、焼いた餅の方が見た目がいいのだが磐田の人はそんな面倒なことはしない。 グツグツ煮てしまう。 餅が柔らかくなったところでお椀に入れる。 白菜しか入っていないのでお椀に盛るなんて状況ではない。 おつゆも多少トロトロになってしまっているが、このトロトロ感が磐田の人にはたまらない。 そして、用意した鰹節をこれでもかというぐらい入れちゃう。 鰹節がシュワシュワしているのでこれを目で楽しみながら食す。 これはお料理とは言えない代物なんだがよ。 鰹節まみれのぐたぐたに柔らかくなっている餅がなんともいえず美味だと思う。 今でこそこれってなかなかだよなと思うのだが、かつてはこんなお雑煮は恥ずかしくて言えないよなと思っていたぐらいである。 貧困なのか、舌が肥えていないのか、我が実家だけなのか、こんなお雑煮と怨んでいたこともしばしばあった。 なにせ最初に食べないと、二度煮した時にやぁ、そりゃあもうお汁は溶けたお餅でドロドロだに! そんなドロドロなお汁と、これでもかと柔らかくなっているお餅が大好きな親父は、10年ほど前の成人の日に気管支にぴったりと張り付いてしまって意識不明になり3ヶ月後に亡くなった。 掃除機では吸い込まんで手遅れずら。 お正月にはおせちもあるし、筑前煮もつくるし、テーブルにはなんでも揃っている。 それにも関わらず、お餅と一緒にいろんな具を入れるのはどうかとさえ思う頃ごろなんである。 みそ汁の中にお餅を入れるなんていうのはどうなんだろうね。 どうにも抵抗があるのである。 レイニーさん!やっぱし白菜と鰹節ずらぁ。 たまらんにぃ! 2012年 01月 12日
昭和47年11月12日西が丘サッカー場での関東大学リーグ最終節の最終試合は、くしくも優勝をかけた早稲田vs中央の試合だった。 前年も1位の早稲田、2位の中央ということでの組み合わせである。 早稲田は引き分けでも優勝だったが案の定引き分けてしまった。 とにかく混戦、3勝3分け1敗で優勝である。 当時は勝利の勝ち点が2だったので引き分けが非常に多かった。 中央は2勝5分けで2位である。 現在の勝ち点3で計算しても、早稲田はこのとき優勝にはなるがラッキーだったというしかない。 初戦明治引き分け、第2戦の日体大戦も負けだし。 27名の狂った戦士達と、今から考えるともっと狂っていたかもしれない監督、コーチの皆さん。 サッカーの神様が取り憑いてくれたに違いないと思うしかないのである。 ![]() ベレー帽が堀江忠男監督、おとなりが小松部長。いまはもうお二人ともいない。 2列目左側サングラスが吉田コーチ、そのとなりが鬼助といわれていたオラだが、練習が終わると、夜な夜な新宿六本木にくりだしてチャラ男に変身していた時期もあった。 3列目右端が小田島コーチ。 この首脳陣がいなかったら、きっとオラなんかただのひねくれ男で終わっていた。 ほんとお世話になった。 感謝である。 ![]() 優勝カップを高々と掲げることができたのも、みなさんのおかげだ。 もちろん、サッカーをやることに理解があった両親にも感謝である。 2012年 01月 11日
日本で一番有名な人といえば、たぶん中田英寿さんだろう。 歴代の総理大臣なんか足下にも及ばないし、イチロウさんでもないだろう。 世界中のあらゆる国々のかたということでは、中田さんだと思う。 女性では? もちろんだんトツに澤さんにだと思う。 ヤワラちゃんでも遠く及ばない。 歴史上の人物で比較しても澤さん以外にいないだろう。 すごいことだ。 そして澤さんの表彰式での着物姿も良かった。 着物の色、デザインもこれまた素晴らしかった。 日刊スポーツのお写真をお借りした。 ![]() トリノオリンピックで金メダルを取った荒川静香さんのコスチュームを思い出した。 これも日刊スポーツさんからお借りして ![]() 日本人には水色が似合う。 代表のユニホームも変えてほしいだやぁ 2012年 01月 10日
今朝は予定を変更して、長く記憶に留めたいので速報記事を! 日刊スポーツの1/10 6:15の記事より 以下の通り ............................................................................................ 国際サッカー連盟(FIFA)は9日、スイスのチューリヒで2011年の世界年間表彰式を行い、昨年の女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で初優勝した日本代表「なでしこジャパン」主将のMF沢穂希(33=INAC神戸)が女子最優秀選手に選出された。チームを率いる佐々木則夫監督(53)も女子の最優秀監督に選ばれ、ともにアジア勢初の快挙となった。 女子W杯で最優秀選手と得点王に輝いた沢と、佐々木監督がサッカー界で最も栄誉ある賞を手にし、金メダルを狙うロンドン五輪にも弾みがついた。 選手、監督両部門ともFIFA加盟協会の代表チームの監督と主将や、選ばれた記者による投票で選出された。沢は28・51%の票を集め、5年連続最優秀選手だったマルタ(ブラジル)らを抑えた。佐々木監督は45・57%の支持を受けた。 日本サッカー協会はフェアプレー賞を受賞した。東日本大震災の復興支援や、昨年12月にクラブW杯を開催したことなどが評価された。 なでしこジャパンはFIFA主催大会を日本の男女通じて史上初めて制して大震災後の日本を勇気づけ、昨年8月に団体として初めて国民栄誉賞を受けた。 男子の世界年間最優秀選手「FIFAバロンドール」はアルゼンチン代表の24歳、メッシ(バルセロナ)が受賞した。FIFA年間最優秀選手で、3年連続は初。男子最優秀監督には昨季の欧州チャンピオンズリーグを制し、昨年12月のクラブW杯でも優勝に導いたスペイン1部リーグ、バルセロナのグアルディオラ監督が選ばれた。 ........................................................................ 以上 サッカーが日本に入ってきて既に100年以上の時を刻んだ。 最大の出来事は女子ワールドカップ優勝だろうし、この澤さんのFIFAバロンドール受賞もだろう。 佐々木監督の受賞もすごいんだが澤さんの影に隠れてしまう。 とにかくおめでたいことである。 サッカーのみならず日本のスポーツ界にとってもだ。 澤さん、メッシと横並びだに! 2012年 01月 09日
昨日は、うちのチームのトップの選手が、下部組織でもあるジュニアの子供たちにスクール授業。 グランドが狭いので2会場に分かれて開催。 朝も早くから多くの選手達が集まってくれた。 オラァはちょっぴり感動した。いやいや大いに感動した。 こういうのってやっぱしとっても大事だなと思う。 今シーズンの公式戦では子供たちの大きな歓声やサポートが選手の力になってくれるだろうと確信する。 機会あれば1度と言わず2度3度と子供たちと接してくれたらうれしいよな。 権太坂小会場 ![]() ![]() ![]() ![]() 境木小会場 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 2012年 01月 08日
オラが4年生の時の1年生に横手高校出身の福田誠という選手がいた。 大学卒業後は地元横手に帰り、進学塾を経営するなかで、横手FCというチームを持ち、長年にわたりサッカーを指導している。 東北のサッカー界ではつとに有名で、関係者で知らない人はないだろう。 そんな福田さんから昨日の投稿について、オラのfacebookに寄稿してくれたのでご紹介したい。 以下の通り ................................................................................ さきほど、苦しさ9割・楽しさ1割と 書きましたが、今は全く逆であります。 あの時の体験が今の自分を強くしている のだと感謝の気持ちでいっぱいです。 現代であれば、まさに裁判沙汰になり そうな40年前の非科学的な練習も、 それを乗り越えてきた自分の自信と なっております。 数年前、人生最大の危機の際も、ある先輩 から言われた『あの練習からすれば、どう ってことねぇだろう!』っていう言葉が、 自分を立ち直らせてくれました。 そう、あの菅平でのダボス往復ランの合宿や インターバル! 13!14!15!16!!! って夢でも魘されたインターバル走です あの新人特訓を思えば・・・ 他の誰よりも足が遅かった自分を、仲間が 背中を押して最後まで一緒に走ってくれた なにかあれば、連帯責任で夜中まで グラウンドを延々と皆で走らされた でも、それは、後輩が憎いからというわけ ではもちろんなく、私のようなサッカーの サの字も知らないようなものを鍛えてあげ ようという親心があればこそだと思います。 その意味で、鬼と思っていた先輩に対して 今では感謝の気持ちでいっぱいです。 ほんとうにありがとうございました! そして、これからもよろしくお願いします!! ........................................................................ 以上 ありがたいことである。 当時を思い出してみよう。 オラは昭和47年の4年生の時、選手兼新人監督兼寮長をしていた。 4年生の役割として、主務、主将、副主将、グランドマネージャー、新人監督、寮長が任命される。 8人しかいないのでほとんど選手がこれにあたる。 もちろん選手兼人である。 オラは小谷とふたりで新人監督をやらされ、合宿所にも入っていたので寮長も。 主務高島、主将山村、副主将淀川、グランドマネージャー工藤と小谷。 山岡と金は「おれは性格的にそういうお役目は無理」ということで無役だった。 無役が一番気楽でいいのだが、なにせ人がいない。 当時、新人監督は1、2年生から鬼谷、鬼島と呼ばれていた。 自分でも鬼島と確信していた。 相当理不尽な練習をしたと思う。 もちろん,新人だけの特訓はあるのだが、菅平合宿では同じ練習メニューで上級生も必ずインターバルもダボス往復ランニングもある。 1年生には過酷を通り越していたと思うぐらいきつかったにちがいない。 オラは超がつくぐらいスタミナがあったので、4年間ダボスランニングで負けた記憶がないぐらいランニングは強かった。 4年にもなるとインターバルも20や30は余裕だったし、いくらでも出来るぐらい走れた。 もちろん、筋肉パンパンでも走れるから不思議だ。 腹筋もめちゃくちゃ強かった。 3年間の積み重ねもあるし、最上級生として責任もあったし。 オラを含め、全員早稲田の理不尽な練習を乗り越えてきた。 サッカーのスキルアップとは全く関係ないと思えるような練習の連続だった。 そんなこんなで当時の堀江監督も少し、狂っているのではないかと思えるような練習を選手に課していたこともある。 だけどチーム力が上がるというのはどういうことなんだろうか? そのあたりは明日以降、思い出しながら投稿したいと思う。 2012年 01月 07日
家にある古いアルバムを15年ぶりぐらいで開いた。 森山良子さん作詞の「涙そうそう」のような気分になる。 古いアルバムめくり ありがとうってつぶやいた いつもいつも胸の中 励ましてくれる人よ 晴れ渡る日も 雨の日も 浮かぶあの笑顔 想い出遠くあせても おもかげ探して よみがえる日は 涙そうそう 早稲田時代のアルバム 写真も少ないので新聞記事までアルバムにはさんである。 関東リーグ戦の最中、取材記事のカメラマンさんに撮ってもらった写真がある。 そのなかから2枚。 マネージャー3名を除いた選手全員の集合写真。 わずか24名。 ![]() そして4年生7名 全員公式戦に出場している。 ![]() 24名が、そしてリーグ終盤には、けが人も多く、マネージャーまで参戦しての紅白戦。 9対9なんてこともあった。 紅白戦でも熾烈な戦い、まさに命をかけたような鬼気迫る紅白戦の連続だった。 怒号もすごかったし、ガンガン削り合う。上も下もない。 これは早稲田の伝統なのかもしれない。BにAがやられてしまうわけだ。 わずか27名ではあったが関東リーグと大学選手権の2冠を手にした。 以来、40年間オラ達を越えた学年はないはずだ。 黄金時代もここから始まった。 オラ達は当時キチガイだったのかもしれない。 大学の同好会のチームで、稲穂キッカーズなんぞは100名以上の部員がいた。 向うゴロゴロ こちら閑散 女子マネもあちらにはいる。 こちら女人禁制。 うらやましかったほどのうそのようなお話だ。 キチガイばかりなので入部するには相当の勇気も要ったのだろうか。 2012年 01月 06日
早稲田大学ア式蹴球部のホームページに昨年亡くなられた八重樫さんと森さんの特集記事が掲載された。 日本男子サッカーの100年以上の歴史の中でメキシコ五輪銅メダルというのはたぶん1番の出来事であろう。 その時のメンバーが八重樫さんと森さんであり、八重樫さんは主将をもつとめている。 お二人はもちろん、日本サッカーの殿堂入りを亡くなる前に果たしている。 オラにもエピソードがあれば、教えてほしいと現役から依頼があり、11月下旬にインタビューを受ける。 お二人に関する資料もあればいただきたいとのことで、昭和40年代のサッカーマガジンも紹介した。 そのコラムが出来ているのでご紹介したい。 伝統の立役者たち お二人と、ちょっとでも接点があったということはオラにとっては大変意義深いことではあるのだが、ご存命であれば、どれだけ日本のサッカーに寄与されたか、はなはだ残念でならない。 とはいえ、八重樫さんや森さんはオラの心の中に生きているわけだし、発せられた一言一句を今でも思い出し、次の世代に繋いで行くのがオラ達の役目でもあると思っている。 2012年 01月 05日
昨年末の12月29日は天皇杯準決勝 セレッソ大阪vsFC東京&横浜Fマリノスvs京都サンガの2試合を立て続けに見たのは承知の話ではある。 FC東京には後輩徳永悠平がいるし、Fマリノスには同じく後輩の兵藤や渡邊や松本怜も出ていたんで、けっこう目を皿のようにして見ていた。 2試合ともスリリングでほんとうに面白い試合だったし、満足した。 とりわけFマリノスvs京都サンガの試合はサッカーの持つ面白さで、見る者を堪能させてくれた。 最後の最後にFマリノスが中澤の「J1の意地のシュート」で追いつき、延長に突入。 勢いもすさまじく、本来であれば、押せ押せでマリノスなんだろうが、サッカーの神様は無情だに! 前がかりのFマリノスは思いもよらない2失点。 でもなんか、すっきりした試合だったし、京都の執念というか、勝ちたい気持ちが上回っていたのだろうか。 本来であれば格下相手だけに勝たなくてはいけないんだろうが、いい試合だったので、オラ的にはFマリノスにも満足していた。 この試合の翌日、横浜Fマリノスの木村和司監督が解任されたとの報道にはびっくらこいた! 試合前に「負けたら首」だと社長さんに通告されていたとのこと。 いくらプロとはいえ、これってけっこうキツい。 2009年の年末、木村さん監督就任のパーティを思い出した。 社長の「満を持して、木村さんを監督にとお呼びした」という挨拶。 今は亡き森さんも健在だった。 社長さんともご一緒に写真も撮った。 2011年シーズンのマリノスはリーグ5位は評価してもいいと思う。 合格点ではないだろうか。 まして、外人はパワープレー時のキムクナン選手だけで、まともな状態ではない。 外人頼みのJリーグだというのは周知の事実である。 いい外人に当たるかどうかで成績が左右されるのが今のJリーグだ。 そんななかで、「監督!あんただめだよ!」ではなく「社長さん!あんただめだよ」ではないだろうか。 ある意味、あの薄い手駒を最大限うまく使っての5位ではなかろうか。 よくやったと言えるのではないだろうか。 木村さん、ほんとうにご苦労様でした。 木村ご夫婦両方をよく知ってるだけにどう声をかけたらいいのだろうかと悩むだに! そして次監督の樋口さんも昔からよく知っている。 彼も、木村さん同様、素晴らしい男だ。 いい外人を連れてくるのがフロントの務めだと思うし、大きな責任があると思う。 今のままでは毎回同じ、轍を踏むことになる。 日本人だけではなかなか勝てないのは悲しいことではあるんだけんど、事実だから仕方ない。 リーズナブルな金額でいい選手を捜し出すのがフロントのつとめではないだろうか。 2012年 01月 04日
サッカーで明け暮れた3日間だった。 ニューイアー駅伝も箱根駅伝も見ていない。 ひたすらサッカーである。 1月3日はチームの初蹴りだ。 8時にはグランドへ 今年からはジュニアも参加。 昨年は取りやめたJr.ユースのお母さん達による豚汁も復活。 8時半から10時半まではジュニア 10時半から13時半までコブラとOB 以降はJr.ユースとまだやりたらないコブラとOB 朝のうちはちょっと曇っていたし、雪みたいのも降ってきたのでどうなるもんかと思ったが午後は暖かく、最高の初蹴りになる。 やっぱし豚汁をいただくというのは盛り上がるよね。 ジュニアの参加も初めてであったが多くの子供たちが参加してくれて大盛り上がり。 チームグッズもまあまあ良かったし! 来年はもっとイベント考えたらさらに楽しいかも! 結局、帰りは真っ暗でした。 まるまる1日の初蹴りだったが、時間の配分もよく、これでもかというぐらいみんながサッカー出来たのは大満足だった。 オラもやらせてもらったのはうれしかった。 グランドは乾燥しており、ほこりがすごく、土まみれですぐさま風呂に入ったせいか、コタツでそうそうに寝てしまったので、いまだ年賀状のお返しもしていない。 ジャンジャン!! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
アバウト
![]() チームエンブレム。制作は「デザインオフィスabc」の平塚太一さん。チームカラーのライトブルーをバックに水兵さんをイメージ。3本足の白いヤタガラスはチームの成長を表す。英国連邦公園の楓をモチーフ。 by gsfc_aoshima リンク
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